「寒い、寒すぎるわ……」
牢屋は、神殿の外――それも、屋内ではない場所にあった。
「温度差が激しいエジプトじゃ、死刑も同然じゃない」
ネズミに毒見をさせれば、冤罪だと分かる。ムスタファの狙いは、それまでに私を殺すことかもしれない。
「早く朝にならないかしら」
「おい、囚人! さっきからうるさいぞ。悪女は黙ってろ!」
見張り役が怒鳴る。
悪女ね……。この世界に来た時も、悪役令嬢からのスタートだった。それを思えば、これくらい我慢できるわ!
「おい、起きろ。起きないか!」
起き上がると、太陽がのぼり始めていた。
「次は、ここで灼熱地獄を味わうのね……」
「それはなくなった。先ほど伝令が来て、解放するように命令があった」
よかった、毒の検出がうまくいったのね!
「アイシャ様、お迎えにあがりました」
牢屋の外には、レイラの姿があった。
「レイラ、私がいなかった間のことを教えてちょうだい」
「もちろんです」
レイラの説明はこうだった。
毒の検出によって、その場にいた者が疑われたこと。持ち物検査が行われたこと。そして――ムスタファは毒物を持っていなかったこと。
「え、毒を持っていなかった!?」
「そうです。私も耳を疑いました」
「それなら、料理中に混入されたってことになるわね」
しかし、「料理人たちも持ち物検査の対象だった」というレイラの追加情報で、粉々に砕け散った。
「そんな……。じゃあ、いつ毒は盛られたのかしら?」
この謎を解かないと、ムスタファを告発できないわ。
ふとした疑問が頭をもたげる。
厨房に急いでいた時、廊下でハーラとすれ違った。あの時、何かの匂いがした。あれは……そう、庭で見かけた毒蛇の臭い! きっと、毒を粉にして持ち歩いていたのね。もし、彼女が厨房に寄っていたなら、毒を混入することができる。
「急いでハーラを尋問よ! 彼女が実行犯の可能性が高いわ」
レイラは首を縦に振る。
「問題は動機です。彼女がファラオを殺す理由が分かりません……」
「大丈夫、予想はできているから」
ただ、一つの疑問は残る。ハーラが実行犯だとして、死者の書が盗まれた事件との繋がりが見えない。黒幕には、ファラオを侮辱する、死に追いやるという動機があるはず。そして、盗賊をいとも簡単に操る方法。
「やっぱり、巨悪が背後にいるのは間違いないわね」
ハーラのもとに向かいながらつぶやいた。