「おたすけばあ」は、理恵の地図が正確で、すぐ辿り着けた。
6時半の約束だったが、木製の分厚く重いドアを押したのは6時10分。
しかし、理恵は既に、カウンターに長い足を組み、座っていた。
店内の全てが重厚で、張り合わせの板などではなく、天然木で、年月の積み重ねが艶になっていた。
10人ほど座ると、店は満員のようだが、よーく目を凝らすと、奥に部屋があるように見えた。
バーテンダーだろうか、私は、生まれて初めて、男性を見て、ときめいてしまった。
柔らかい髪が、少しウエーブがかかり、それは自然なウエーブで、襟足くらいまで、わざとらしくなく伸びて。
声は低音。眼は、あくまでも黒く切れ長で。
唇は薄いけれど、男らしさがあり。
素敵な人だなぁと。
奥の部屋にも、カウンターの奥にも、客はいるにも関わらず、理恵は、自分と同じ、ウィスキーを炭酸で割ったものを注文して、
「いずみ、別れなさい、あなた、、、
旦那は、ヒモよ、、全く、、
いずみは、ホント、変わってるから、
お嬢でもないのにさ、、
今どき、処女で結婚する人、いずみくらいだよ。
でさ、、旦那、、いずみみたいな綺麗な体を抱いといて、不感症はないわ、全く、許せない!」
私は、他のお客さんに聞こえてしまう、声、小さくしてと言いたかったけれど、理恵は、一旦火が付くと、なかなか消せないことは、百も承知で。
理恵とは幼稚園から、大学まで、ずっと同じ、それも、幼稚園から高校までは、クラスも同じ。
互いに、よく知っている。
私は、理恵が初キスしたのも、バージンを棄てた日も、すっかり聞かされて知っている。
理恵は行動的で、積極的で、容姿は魅力的で。
今までに、何人もの人と激しい恋をしていて。
私は、いつも聞かされて。
でも、好きでたまらないとか、その人の事を考えると眠れないとか、理解出来なかった。
友達だから、大切な友達だから、聞いていただけで。
黒い蝶ネクタイをした素敵なバーテンダーさんは、指が細く長く、私は、何故かうっとりして、彼の指を見ていた。
もし、声が低音のまさしく男性の声でなかったら、女性と間違うほどに美しい人で。
眉でもいじっていそうで、何ひとつ、不自然な様子はなく、そのまま素なのだと分かる。
(つづく)