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第3話 リーザ、演技するのをやめる。

「タイムアップ!」

私の聞いたことのないようなキツイ口調にミゲルが驚いた顔をしている。

一晩粘って、彼が別れを切り出すようにしたかったけれど私はこのあと本丸に挑まなければならない。


マラス子爵との離婚だ。

子爵邸に2人の子供を置いてきてしまっているのも気掛かりだ。

私がいない間、2人の夫人に手を出されないか心配だ。


「私があなたと結婚したのはお金目当てよ。昔から自分の理想を私に押し付けてるあなたの好意がうざかった」

偽らざる本音だ。


私は彼のことだけは好きにならない確信があった。

彼は一度だって私を本当に見ようとはしていない。


私の可愛らしい見た目から勝手に可愛らしい性格を想像し押し付けているだけだ。

今、絶望顔で私を見てくる彼を見ても全く心が動かない。


「分かった、別れよう⋯⋯」

彼が虫の鳴くような声で言ってきた。

私は持ってきた離婚届を出し、彼にサインを書くように促した。


「後の空欄はこっちで埋めて出すから」

私はそう言いながら、彼がサインした離婚届を取り上げた。


「リーザ、変わったな」

部屋を出ていく私にかけた彼の言葉に私は永遠に彼に罪悪感を持つことがないことに安堵した。

彼は本当に私を見ていなかった。


私の性格は全く変わっていない、この9年は彼の理想を演じてあげたのだから感謝されても良いくらいだ。

そして、この離婚届が提出されることもない。

そもそも結婚してはいないのだから。


「一晩もまたどこに行ってたんだ」

マラス子爵邸に着くなり機嫌が悪そうにマラス元子爵が言ってきた。

後ろにいるダンテとレオが無事なことを確認してホッとする。


「今日はあなたにお話があります。私と離婚してください」

私の申し出にマラス元子爵が怒りを感じているのがわかる。


「不倫してますよね。あそこのメイドと。不貞行為は離婚できる正当な事由です。」

後ろのメイドが驚いた顔をしている、マラス元子爵が表情を変えずに返してきた。

「私は彼女を第4夫人として迎えるつもりだ」

思わず私はため息を吐いた。

女性の不貞は一発で咎められるのに、男性は妻にして仕舞えば不貞に当たらない。


「4人の妻を養えるのですか? もう、エスパル王国が帝国領になった今あなたは貴族でもないのに」

そう、彼はもう貴族ではない。

それでも彼を心でマラス子爵と呼んでしまうのは私が彼の名前を忘れてしまったからだ。


私のバカにしたような物言いに子爵は怒り手を振り上げてきた。

叩かれると思った瞬間、思わず避けてしまった。


しまった、今、ちょうど良い目撃者としてレール元伯爵が現場にいる。

彼も爵位を失ったから、朝から愚痴りにきているのだろう。


帝国の要職について帝国の爵位を得る努力をすれば良いのに、生まれに甘んじて生きるくだらない連中だ。

惨めな気分になっているだろうレール元伯爵はマラス元子爵の失態を見たら多分周りに話すだろう。

彼は元々マラス元子爵が好きではない。


マラス子爵は爵位こそ、レール元伯爵より下だが商人である第2夫人の実家の援助があるので彼より良い生活をしている。


レール元伯爵に実は嫌われ、転落を望まれていることをマラス子爵は気づいてもいないだろう。

私を叩かれるところを彼に目撃して貰えば、それを理由に離婚できたのに。

マラス子爵も思わず手が出てしまったのがまずいことだと気がついたように、左手で右手を押さえてしまった。


「私は帝国に行きます。試験に合格し、帝国の貴族になります」

爵位を失った2人の男が驚いたような顔で私を見ている。


「受かるわけないだろう。あれは表向きの皇帝陛下の建前で、敵国であったエスパルの人間を帝国の要職にするなどあり得ない」

帝国の試験は9科目に及ぶ3日間の筆記試験と5回の面接で決まる。

私は受験資格があると知った瞬間から、天から垂らされた糸に必死にしがみつくよう必死に学んできた。

マラス元子爵の後ろにいる使用人までもが笑いを堪えるようなバカにした表情をしている。


やはり、この子爵邸の人間はダメだ。

今、エスパルで何が起こっているのか全く理解していない。


帝国の書物をみんな必死で買い求め、貧しいものたちは1冊手に入れた本をみんなで必死に学んでいる。

帝国の試験は今後4年に1回行うらしい。


帝国民であることと18歳以上であることだけが受験資格。

試験が発表されてから1ヶ月、帝国は新たに2カ国を帝国領とした。


彼らにも受験資格がある。

しかし、元からの帝国民を除いて一番有利なのは最初に帝国領になったエスパルの民だ。

帝国は戦争も起こさず不気味な程のスピードで他国を侵略している。


今後4年でもっと領土が増えたら、試験を受けるライバルがどんどん増えるのだ。

他国の出身の民も増えるから、他国の民だからこそできることをアピールし帝国の貴族になれるチャンスは今が一番ある。


「離婚はしない、試験を受けるのは勝手だがレオは跡取りだから置いていけ」

マラス元子爵の後ろにいるダンテがレオの腕を握りしめているのが見えた。

私は、ダンテとレオに手で合図を送った。


私たちは敵ばかりのこの子爵領で生き残るために秘密の合図を送った。

今送ったのは1時間後に学校前に集合の合図だ。


「おかしなことを言ってごめんなさい。あなたがなかなか構ってくれなくて気を引きたかっただけなの⋯⋯」

私は、マラス元子爵が私に望む甘えた頭の足らない女の顔で言った。


「わかれば良い。私は今からレール伯爵と外出だ。留守は頼んだぞ」

もう爵位を失ったのにまだ、貴族ごっこのように爵位をつけて呼んでいて思わず笑いそうになったが耐えた。


「私達もお茶をしましょ」

第1夫人がまだ貴族であるかのような優雅な振る舞いで第2夫人を誘う。

「ええ、いいですわね」

第2夫人が私をバカにしたような目で一瞥してから第1夫人と連れ添ってテラスの方に消えた。


マークがあっという間に外れたので、私とダンテとレオは30分後には学校前に合流できた。

「今から、帝国に向かうわよ。最高の生活と教育を手に入れて3人でゴージャスに仲良く暮らそう」

私の発言にダンテとレオがガッツポーズをした。

帝国の試験に受かる以外にも私には課題ができた。


「皇帝に見初められるか⋯⋯」

思わず呟いた私の呟きに子供達が興味しんしんにしてくる。

子供にはまだ早いから私の作戦を言うわけにはいかない。

マラス元子爵と離婚するためには、私が皇帝に見初められて彼が私を手放すしかない状態を作るのが良いと思ったのだ。


私ならいける。

なぜなら、今でも未成年と間違われるくらい可愛いし昔からモテた。

エレナ・アーデンという美女系の婚約者がいるらしいが、むしろ好都合だ。


真逆の可愛いタイプの私は皇帝陛下の目にはさぞ愛らしく映るはずだ。









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