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第2話 リーザ、手を出してはいけない男に手をだす。

翌日、ジルベールの家を出てマラス子爵邸に向かった。

ジルベールは私が困らないようにお金を渡してくれて、たくさんチヤホヤしてくれた。


もちろん婚姻届が出される日など来ない、私はすでに結婚しているのだ。

結婚前リゾート地に来た時、私は子爵に他に妻が2人いると知りショックを受けていた。


その時も私の心を回復してくれたのは彼だった。

彼は本当に存在するのか、追い詰められた私が生み出した妖精なのかと思うこともあった。


ミゲルとの別れが難しかったのに対し、ジルベールは私が別れを望んでいると悟るとあっさり別れてくれた。

別れるよう圧力をかけても、私に執着するミゲルとは違った。


お腹の子の予定日も過ぎていたし、子爵邸で主治医の元で産むのが安全だと思い子爵邸に戻った。

3日間留守にしていた私を診察に主治医がきた時、陣痛が始まった。

生まれるタイミングから母思いで、周りからも好かれるレオの誕生だった。


ミゲルと私は村で幼馴染だった。

村一番可愛い私はモテモテで12歳から村のいろいろな男と付き合った。



来るもの拒まず、去る者追わずな私が唯一付き合うことを拒んだのがミゲルだった。


幼馴染で昔から私に一途な彼は私には重かったのだ。

私は付き合った相手の誰のことも好きにならなかった。

ミゲルと付き合ったところで当然彼のことを好きになることはないだろうと予想ができた。

だけど、付き合ってしまうと別れるのが大変になることは目に見えていた。


ミゲルがなぜ私と結婚していると思い込んでいるかと言えばレオを産んですぐの時に再会したのだ。

彼とだけは付き合いたくなかったのに、私は彼が必要になってしまった。


貴族は妻ではなく乳母に子育てをさせるのが基本だ。

ダンテの時にもそうしたので、私はレオの時も乳母に預けていた。

マラス子爵が男の子が生まれたことに喜び、明らかにダンテとは違う早い成長を見せていたレオは跡取りと考えられていた。


ダンテは首座りから、成長が何から何まで遅かった。

その上、生まれた時期が早かったせいで常に子爵の子か疑う声があった。

しかし、レオは何から何まで他の子よりも成長が早く、赤子にも関わらず目つきから聡明さが漂っていた。

そのことが2人の夫人は今後自分たちが男の子を出産してもレオが跡取りになるという危機感を持ってしまった。


最初にレオが命の危機に晒されたのは生後4ヶ月の時だった。

乳母が目を離した隙にベビーベットから落下したという。

おかしな話だと思った。

普通の赤子が首が座るだろう時期に、レオはベビーベットの柵に捕まることができた。


「レオ様が自分で柵を乗り越えてしまったのでしょう」

乳母の表情を見てすぐに彼女が嘘をついていると分かった。


「事情は後で聞くわ。あなたはそれまでそこにいなさい」


私は子爵邸の主治医に頭から血を流すレオをすぐに見せた。


レオの処置が終わると、彼を抱えながら乳母から事情を聞くことにした。

もう、片時もレオを離せなかった。

この子爵邸に彼の命を狙う人間がいるのだ。


「つかまり立ちができるだけで、柵を乗り越えられるとでも?レオの腕に自分の体重を持ち上げられるだけの筋肉がついているようには見えないけれど⋯⋯」


私の指摘に乳母が震え上がった。

「赤子の成長はいつも突然で、あの、レオ様は成長がお早いから」

彼女はしどろもどろになって言い訳をしてくる。


「誰の差金?自白しなさい。」

乳母に鋭い視線を向ける、絶対に許せない。

「ご勘弁ください。もう、屋敷を去ります。ご勘弁を⋯⋯」

跪き私に許しを乞うてくる。


「何を言ってるの?貴族の後継者の子を殺害を試みたのだがら、即日死刑よ」

私も帝国法を学んで初めて知ったのだが、エスパルでは人命が空気より軽い。

帝国のように監獄に入れて、セカンドチャンスをもらえるのは軽犯罪のみだ。


それ以上の罪を犯す者は即日死刑だ。

穢れた魂が罪を犯させていて、生まれ持った魂の汚れは払うことができないという考えがあるからだ。

本当は人口が多く、罪人のケアまで手が回らないだけだ。


「うわー!」

乳母は絶叫すると部屋を出ていった。

ふと窓の外を見ると、落下する彼女の姿が見えた。

2階の窓から飛び降りたのだろう。


真相を究明されるとまずいということだ。

おそらく、彼女は自分の家族なりを人質に取られているのかもしれない。

自分の命をここで捨てて、真相を闇に葬ってしまう選択に出たのだ。


一切の同情の感情は起きなかった。

むしろ、彼女の死だけでは納得できない怒りが込み上げてきた。

もう子爵邸の空気を吸うのも吐き気がして、レオを抱えて外に出て街を彷徨った。


「リーザ、こんなところで何年ぶりだ?」

ミゲルとの3年ぶりの再会だった。


「3年ぶりね。ミゲル。あなたこんなところで何をしているの?」

エスパルの平民は生まれてから、死ぬまで自分の村で過ごすのが基本だ。


貴族であれば、首都に住んだりエスパル国内を旅行したりする。

私が結婚直前に両親を連れてジルベールと出会ったリゾートに旅行できたのは、結婚支度金があったからだ。


馬車などの移動手段が高額すぎて、平民は移動するのが難しい。

エスパル政府の民に自由を与えないことで支配するという作戦なのだろう。


「リーザのいない村を出たら、急に村の生活が窮屈に感じてきてよ。今、この近くに住んでいるんだ。貴族様の靴磨きや小間使いをフリーで受けて生計を立ててる」

私がいなかったから、村を出たという言葉に呆れてしまった。


「私、結婚ダメになったんだ。私も今ベビーシッターをして生計を立ててるの」

初めてミゲルの気を引くようなことを言ってしまったことより、

レオの前で彼が私の子だというのを否定するような発言をした罪悪感があった。


脅威の成長速度を見せるレオも流石にまだ話せない。

でも、私の言葉を理解していたらどうしよう。


「リーザ、何回もしつこくてごめん。やっぱりお前が好きなんだ。俺と結婚してくれ」

ミゲルが私を見つめながら恋する瞳で見つめてくる。

全く、唆られない、私は何か感情が欠落しているのだろうか。


「嬉しい。運命だね。結婚がダメになったことは村の人には内緒にしてくれる?両親に心配かけたくないの」

ミゲルの瞳に歓喜の光が宿った、彼は私の言いなりになり私の自尊心を満たしてくれるだろう。

「実は、首都に行きたいと言ったら勘当されてさ。村にはもう戻れないよ」

私は、彼の言葉に思わずほくそ笑んだ。


彼の家で婚姻届を書いた。

「残りの欄は埋めとくよ、証人は私の両親に頼めば良い?」

ミゲルがまるで夢の中にいるようなうっとりした瞳で私を見つめてくる。


子爵に大切にされない、自尊心は一瞬満たされるた。

しかし、彼の愛は重すぎて私には胃もたれしそうで早く立ち去りたかった。


「本当に夢みたいだ。リーザと結婚できるなんて」

まだ夢見心地の彼を尻目に、私はレオを抱えその場を立ち去った。

この婚姻届が提出されることもない。


住み込みでベビーシッターをしていると言えばミゲルの家にくる回数を減らせるだろう。

子爵も跡取りだと大騒ぎする割にはレオのことを守ってくれない。


私の第3夫人としての予算は少なく、親への仕送りでほぼ消えている。

ミゲルは私と結婚したとなれば生活費をくれるだろう。

その、生活費でダンテとレオを守らなければ。


生後5ヶ月のレオは私の行動を理解しているだろうか。

私の行動をどう思っているだろう。


ダンテとレオを守るため、自分の心を守るためなら私はなんだってやる。


本当は愛のない結婚で心を害する前に、薬草を学んで母を助けたりすればよかったかもしれない。

でも、結婚を決めた時、私は両親のためという大義名分の他に村の外の生活への憧れがあった。

それにマラス子爵と結婚し出産しなければダンテとレオに出会えなかった。


2人は私にとって命より大事な存在だ。

だから、私は自分がやっていることを間違いだとも思わないし、後悔もしない。













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