教会の庭で、
棺を囲んで静かに葬儀が始まる。
棺の中には、おじいさんが一人。
安らかな顔をしている。
教会の鐘が鳴る。
何度か鳴って、余韻が途切れたころ、
サイカは集まった参列者を前に、祈りを始めた。
青く抜けるような空。
静かに眠るおじいさん。
朗々と響くサイカの祈り。
重たいラプター。
黒い服。
ネジの赤い前髪。
サイカは歌うように祈る。
ネジはその言語をわかる気がした。
気がするだけで、すべてを翻訳できるわけではない。
喜びの元にいる人に、
何かを伝えようとしている。
ネジはもどかしさを感じる。
失うって言うのは、苦しいことなんだよ。
大事な人じゃないか。
苦しくてつらいことなんだよ。
ネジの心はサイカの祈りに同調する。
高く低く心は飛ぶ。
真っ青な抜ける空に、
ネジは雨を降らせたくなった。
「…ギアーズ」
サイカはそう言葉を告げる。
どうやらそれが締めの言葉らしい。
歌のような祈りが途切れ、
あたりは沈黙に包まれる。
「それでは、弔いの儀式に入ります」
サイカが言う。
ネジはそっと前に出てみる。
自分が引き金を引くのだといわれている。
「ではネジ、ラプターの引き金をこの死者に向かって引くんだ」
ネジはサイカの方を見る。
「大丈夫だ」
うなずかれ、ネジはかちりとおじいさんの胸に銃口を向ける。
「さよなら」
ネジはそう唱えた。
唱えなくてはいけない気がした。
引き金を引いた。
瞬間、ネジの内側に痛みのような感覚が走る。
痛み?
痛みによく似ているけどこれは違う気がする。
喜びではない感情。
これは感情だ。
ぐるぐる回る歯車。
ネジのイメージの中では透明な歯車。
透明な歯車が狂ったように回っている。
ネジは内側からそれを開放した感覚になる。
痛みに似たその感情が、
放たれる。
ネジの中で永遠に思われたイメージが、
ラプターより放たれ、
おじいさんに着弾する。
一瞬、死んでいるはずのおじいさんが微笑んだ気がする。
おじいさんの輪郭がぼやけると、色が透明になっていく。
きらきら輝いている。
発光しているのではない。
乱反射している。
おじいさんは水になった。
そして、一瞬胸だった辺りに水が集まると、
次の瞬間、すごい勢いで拡散する。
ネジはこの水のにおいを知っている。
すすり泣きが聞こえる。
先ほどまで無言だった参列者から、
すすり泣きが聞こえる。
みんな泣いている。
大粒の涙を流して。
「お集まりの皆様」
サイカが話し出す。
「死者は涙になって皆様を洗います。皆様の目を、心を」
誰かが崩れ落ち、絶叫するように泣く。
「今は涙とともにあるように。傷は時が癒します」
高く低く泣き声が聞こえる。
参列者はとても少ないのに、
涙はとめどなく流れるようであり、
それは雨が降るようでもあった。
サイカが棺の中に手を入れる。
「それでは、この時計は埋葬させていただきます」
「…はい」
大粒の涙を流していた、女性がうなずいた。
鐘が鳴る。
ネジは思う。
鐘の音が、涙で湿った音がする気がする。
参列者は思い思いに去っていった。
「サイカ」
「うん?」
「俺は何をしたんだ?」
「弔いだ」
「あれが?」
サイカはうなずく。
「お前の銃で撃たれたものは、涙になるんだ」
「涙」
ネジはわかっていた気がする。
気がするだけかもしれない。
「死者は涙になって、最後に残るものの目を洗う」
「うん」
「それが弔いだ」
「そっか」
ネジはラプターをなでる。
そして、腰に下げる。
もしかしたら、あの感覚は、
痛みのようなあの感覚は、
純粋な悲しみなのかもしれない。