鐘の音がやむ。
青く抜けた空に余韻が残って静かに消えていく。
教会の庭に二人たたずむ。
サイカは時計をいじっている。
棺の中から取り出したものだ。
「それは」
ネジがたずねる。
「それは、遺品?」
「そうともいえるな」
「それを埋葬するって?」
「そうだ」
サイカはうなずく。
「この時計は、人が死ぬときに残すものだ」
「うん?」
ネジは首をかしげる。
何か違和感がある。
遺品というより、なんだろう、何か気になる。
教会から、誰かが出てくる。
白い服を着た聖職者だ。
初老で、ちょっと困った顔をしている。
「どうもすみません」
聖職者は、頭を下げた。
「旅の人だって言うのに、祈りも弔いも任せてしまって…」
「いや、かまわない」
白い聖職者は、それでもぺこぺこと頭を下げた。
「最近は弔いの銃弾も、なかなか再受付されなくて」
「罪人のようにされるところだったとか」
「そうなんですよ」
聖職者は遠い目をする。
「戦争で戦った人が、守るために戦った人が罪人になる」
「殺したからな」
「教えに背くかもしれませんけど、なんだか割り切れなかったんですよ」
「そういうこともある」
聖職者はうなずいた。
「これを埋葬してやってくれ」
サイカが時計を取り出す。
聖職者はうなずく。
時計を受け取ると、何かを確認するかのように握り締め、
そして、裏手のほうへと歩いていった。
「行くか」
サイカが続く。
あわててネジも続く。
教会の裏、墓地は広い。
けれど、誰が埋葬されているというのは、あまりかかれていない。
ネジは若い森だと感じた。
うっそうとしてはいないが、
墓地というよりは、まだ育つ森のようだ。
「ここでいいかな」
聖職者は腰をかがめると、小さく穴を掘った。
スコップなどはないが、それが仕事であるように穴を掘る。
そして、時計を穴に入れ、土をかぶせる。
土まみれの手で祈りのしぐさをする。
「こうして時は歯車に帰るように。ギアーズ」
聖職者は一言祈る。
「ギアーズ」
サイカが復唱する。
「ギアーズ」
ネジがまねをする。
「人は生まれながらに時を持っています」
立ち上がりながら聖職者が説く。
「時は歯車の集合体、時は時計です」
聖職者は振り向く。
手は土にまみれて汚れている。
パンパンと白い服で土を払おうとする。
どっちも汚れた。
「みんな時を内包していて、最後に止まった時を世界に帰すのですよ」
「帰るかな、あのおじいさん」
ネジがつぶやく。
聖職者は微笑んだ。
「弔ってあげたから大丈夫です。きっと世界の一部に戻れています」
ネジはさっきのことを思い出す。
涙になったおじいさん。
おじいさんの中に時があって、
それが埋められた時計で、
そうして時は世界に帰る。
世界は喜びの歯車で回っている。
みんな笑っている。
みんな一日を一生懸命に生きている。
でも、いつかは死ぬ。
「人に与えられた時は有限です」
聖職者はつぶやく。
「だから、みんな一生懸命で、だからみんな輝いているのですよ」
ネジはわかる気がした。
修理工場の禿のおじさんだったり、
酒場の夫婦だったり、
町を行く人だって、
みんなみんな、今を生きている。
「それが喜びであり、内包した時の輝きだと思うのですよ」
「うん」
ネジはなんとなくわかる。
それが教会とかの教えなのかもしれない。
限りある時を大事に、
精一杯生きよう。
記憶にはないけれど、
そういう教えも悪くないとネジは思った。
「大戦後の世界は平和になった」
サイカがつぶやく。
「本当に平和で、誰も悲しまなくなった」
「そうだろうね」
ネジが答える。
「だから、涙を作ってあげないと、悲しみを感じにくくなってきている」
「そうなの?」
「涙は必要なものだ、雨が必要なように」
ネジは空を見上げる。
青く抜けた空が、顔にかかった赤い前髪越しに見える。
若い森がさわさわとなった。