ネジはアクセルを踏む。
小さな丸い車は、ゴトゴトと進む。
「あー」
ネジがちょっと間抜けな声を上げた。
「どうした」
「地図がないのに旅なんだね」
「今、気がついたか」
「うん」
ネジは軽くうなずく。
「酒場のおじさんは持ってたね」
「地図があったほうがいいか?」
サイカに問われ、ネジは軽くうなずく。
「俺が今までたどった道を、しるしつけたいな」
サイカは軽くため息をつく。
「マーヤについたら聞いてみるか」
「うん」
車はだいぶ進み、
周りの景色は草原から、木がだんだん多くなる。
上り坂っぽくなってくる。
一度車を止めて、おばさんのお弁当を食べる。
ちょっと固い素朴なパンとチーズがおいしい。
トランプはマーヤの町まで来るだろうか。
そうしたら面倒だなぁとネジは思う。
トランプというものに会った記憶はないけれど、
イメージは面倒そうというのを伝えている。
記憶がなくなる前に経験したことなのかな。
ネジは固いパンをもごもごしながら考える。
もっと危険なものをネジは知っている気がする。
気がするだけで思い出せない。
ネジはパンを飲み込む。
食べ終わって、また、エンジンをかけた。
あたりは山になってくる。
木々はうっそうと森になり、
上り坂や危なっかしい道が出てくる。
ひどい道というほどでもないが、
小さな車はゴトゴト走る。
小さな車でよかったとネジは思う。
大きな車では、この道を走るのも、いろいろ面倒かもしれない。
そして、ゲンの町に寄っておいてよかったと思う。
ただのポンコツのまま、この山に取り残されたら大変だ。
燃料も積んであるし。
とにかく安心して走れるっていうのはいいことだ。
霧が少しずつ出てきた。
木々が茂っていて、空がよく見えない。
ネジは車のライトをつける。
ちょっと先まで見えるが、見通しがよくない。
突然大きなものが道をふさいできたら、わからないかもしれない。
ネジはスピードをちょっと落とす。
上り坂気味の山道は暗く、
ゴトゴト走る車の音のほかに、
少しだけ鳥の声がする。
「少しスピードを落とせ」
サイカが不意に声をかける。
「落としてるよ」
「いや、先に何か見える」
「え?」
ネジは目を凝らす。
霧の向こうがよく見えないが、何かがふさいでいるような気がする。
ネジは極力速度を落とす。
そして、ふさいでいるそこに近づく。
ふさがっているのは、大きな扉だ。
ネジは止まって、霧の深いあたりを見渡す。
天然の崖っぽいところに、大きな扉がある。
上を見れば木々と霧で見えない。
道を外れると深い森。
扉の向こうにいくしかないと思う。
そして、多分ここまでくれば、
扉の向こうはマーヤの町だ。
サイカが車を降りる。
扉の右側に、青白い歯車がある。
歯車の近くのレバーを上げると、
扉はいとも簡単に開いた。
サイカが戻ってくる。
「有事の際は、使えないような仕組みになっている」
「有事?」
「内側から歯車をロックすることもできるな、あれは」
「ふぅん…」
「つまり、今は平和だから入っていいということだ」
「なるほどなぁ」
ネジは扉の中へと車を走らせた。
扉の中はしばらくトンネル。
車の後ろで扉が閉まる音を聞いた。
やがて、視界が開けた。
そこは小さな町。
霧がここには届いていない。
きらきらと日差しが届いている。
小さな建物が守りあうように並んでいる。
森の暗さもない。
さてどうしたものだろう。
ネジがブレーキをかけているところに、
のっそりと影がやってきた。
「おい」
「はい?」
影は大柄の男で、ちょっと怖い顔をしている。
目を覗き込むと、疑いなんて持っていないことがわかった。
「行商かい?」
「ええと、旅のものです」
「そうか。車はこの近くの広場に置きなさい」
「はい」
「あまり大きな道がないんでね、車が走られると危ないんだ」
「ああ、なるほど」
「そうなんだ、よろしくたのむよ」
男に教えられた広場に、
ネジは車を止めた。
面白そうなところに来たと、ネジはなんとなく思った。