翌朝。
静かな朝の光で、ネジは目を覚ます。
相変わらずサイカは早起きで、
すっかり身支度を整えている。
黒い執事服はきりりと。
銀の髪も整っている。
「おはよー」
「ああ」
サイカは相変わらずの無表情だ。
ネジはサイカが何を考えているか、よくわからない。
でも、何でも知っているような気がする。
サイカは頼れる男なのだ。
…多分。
シャワーを浴びて着替え、
朝の町に出る。
小さな食堂で朝ごはんを食べる。
「今日はどうしようか」
「ザニ家に連絡を取った。会いたいならいける」
「…早い」
「会いたくないのか?」
「んーん、会いたいさ。でも、よくわかったなぁ」
「お前は顔に出る」
ネジはとっさに顔に手を当てる。
真っ赤にたらした前髪で、見えるわけがない。
もしかしたら、サイカには見えるんだろうか。
ネジはひとしきりおろおろする。
「とりあえず食べておけ」
「…うん」
ネジは朝ごはんをほおばる。
岩塩を使っているのか、塩味がちょうどよかった。
日差しが高くなる。
二人はマーヤの町の中心街を歩いていた。
この先にお屋敷がある。
サイカが先にたつ。ネジが続く。
念のためにラプターも腰につるしてある。
どうも腰にないと落ち着かない。
どうやって手に入れたのかとか、記憶はぜんぜんないのに、
どうしてなじんでいるかが不思議でもあった。
視界にお屋敷が見えてくる。
崖の辺りに埋まるようにしてお屋敷があり、
庭に木々が植えられている。
門の辺りまで行き、チャイムを押す。
青白い歯車がきりきりなる。
「どなた?」
女性の声がする。
「約束のものです」
「ああ…どうぞ、鍵はかかっていませんわ」
サイカは門をそっと開ける。
金属の門は、高い音を立てて開いた。
庭を通り抜け、屋敷へ。
屋敷の玄関にやってくると、扉が開いた。
中年のほっそりした女性が現れる。
着こなしが山の中とは思えないくらい、洗練されている。
育ちの違いだろうか。
「あなたが旅の方?」
「はい、俺はサイカといいます」
「俺はネジ」
ネジはぺこりと頭を下げる。
「たいしたおもてなしは、できませんけれど」
「いえ、召喚師の一族のお話を聞ければ、それで」
サイカにしては、ちょっとやわらかい言い回しだ。
「たいしたお話じゃないですよ」
「興味があります」
サイカは興味があるという。
物理召喚師だからだろうか。
「まぁ、おあがりください。あの子も喜ぶでしょう」
女性は二人を招き入れる。
「ようこそマーヤへ。私はザニ・アーロー。現在の当主です」
「はじめまして、アーローさん」
「お会いできてうれしいです。旅の方」
アーローは微笑んだ。
微笑むと少しだけ、しわが目立つ。
意外と年を取っているのかもしれない。
アーローは来客用の部屋に二人を招きいれる。
「娘のニィをよんできます」
「お嬢さん、ですか?」
「そうです。息子のアルと娘のニィ。ニィは召喚師の才能を持って生まれました」
「アルさんは、新聞師の?」
「そうです」
アーローは微笑みながら話す。
誇らしげに見える。
「新聞師になられたことをどう思いますか?」
「あの子のおかげで思うんです。道はひとつでないと」
「道はひとつでない」
「ニィも兄を誇りに思っています。それがいいのではないでしょうか」
「そうですね」
「あら、おしゃべりが過ぎてしまいました」
アーローは少しだけあわてて一礼すると、部屋から出て行った。
「ニィっていうんだ。どんな子だろうな」
サイカは無表情に部屋の中を見ている。
洗練された調度品、
壁にかかる絵。
肖像画がかかっている。
「歴史があるんだろうな」
ネジはなんというわけでもなくいう。
「大戦のこともあるし、平和な歴史だけではない」
「でも、すごいよ」
「そうだな」
「これだけの人たちが存在していたって、すごい」
「それが歴史だ」
「うん」
やがて、扉が開く。
「お待たせしました」
アーローの声がした。