扉が開く。
そこにはアーローと、少女がいた。
ネジが持った印象は、お人形。
それにしては顔色がよくないなと感じた。
「はじめまして、ニィです」
澄んだ声が挨拶する。
ぺこりとお辞儀まで付け足されて、
ネジはあわててお辞儀を返した。
改めてニィを見る。
ちょっとだけ、新聞師のアルに似ている気がした。
「新しい執事さん?」
ニィが無邪気に問う。
「いや、旅のものだ」
いつもの調子でサイカが答える。
動揺などは一切ない。
「あら、執事さんと聖職者さんがいらしているって言うから」
「今は旅をしている」
「ふぅん、いいなぁ」
ニィはサイカとネジを交互に見比べる。
「あたしも旅してみたいな」
血色の少ない顔が、にぱっと笑顔になる。
純粋で、無邪気で、少女だ。
ネジはこんな笑顔を覚えている気がする。
どこだろう、それは。
「とにかく、執事を雇うなら中央にでも連絡するといい」
「かっこよくて有能じゃないとやだもん」
ニィは頬を膨らませた。
怒っているつもりらしい。
迫力は、ない。
「たとえばね、ウサギクラスの能力が使えて、それでかっこいいの」
ニィは無邪気に言葉を並べるが、
サイカは片眉を上げた。
「ウサギクラスがどういうものか、わかっているのか?」
「うんと、召喚なら一級よね。それで、武術なんかもできたりして」
ニィは微笑みながら続ける。
「あとがないなら、お気に入りのもので包まれたいじゃない」
ニィはさびしそうに微笑んだ。
少しの沈黙のあと、サイカが話し出す。
「わかるんだな」
「うん、召喚の本をたくさん読んでいたら、わかっちゃった」
「才能があるのも困り物だな」
「うん、そういうことみたい」
ネジはわかるようなわからないような気がする。
ニィのあとがない。
その言葉から感じる。
「時計が止まりかけている」
ネジは感じたままをつぶやいた。
サイカはうなずいた。
「わかるやつにはわかる」
「そうなんだ…」
ニィがうなずく。
「中の時計が不調で、時々動かなくなるの。ああ、もうおわりかなって」
「苦しくないか?」
「苦しかったけど、もう、大丈夫かな」
ニィが微笑む。
ネジは心を感じ取る。
「終わりにしようと思ってますか?」
ネジはたずねる。
ニィはうなずく。
「もうすぐ止まっちゃうから、そしたら、祈りをあげてくれますか?」
「弔いまでしますよ」
「ありがとう」
ニィは微笑んだ。
微笑が、ふいに無表情になる。
ニィが、彼女の中身が、ギアチェンジしたような感じがする。
「世界には大きな歯車があるの」
ニィは唐突に話し出す。
ネジはじっとニィの目を見る。
何か別のところを見ている。
「交信をしている」
サイカがつぶやく。
「こうしん?」
「少し聞いていよう。止まりかけだと歯車が共鳴を起こすものだ」
世界には大きな歯車があって、
彼女がまわしている。
彼女はステップを踏んでいる。
喜びながらステップを踏んでいる。
回り続ける中心の歯車。
でも、歯車はいくつか外れて、
不完全な歯車群になっている。
仕組みはできているのに、不完全。
それは彼女にも言える。
登録されている命。
歯車で召喚される命。
彼女が回して命を届けて、時を刻んでいる。
彼女は永遠なのに、
時計は永遠じゃない。
「私は今ここに、時計を止めるものなり」
ニィはそこまで語ると、目を元に戻した。
「あたし…」
「彼女のところに、いたんだな」
サイカが問う。
ニィはうなずく。
「彼女は喜んでいます。彼女は永遠です」
「わかっている」
「でも、彼女は不完全なんです」
「わかっている。わかりすぎると命が短くなる」
「ここまで行き着いたら、止まるしかないんですね」
「ああ、そうだ」
サイカはうなずく。
「知ってなお、生きるものじゃない」
サイカは諭す。
ネジはサイカが何もかも知っているような気がする。
でも、知ると生きていられるものじゃないらしい。
サイカは何なのだろう。
ネジは不思議に思った。