ニィは微笑む。
少し、つらそうに。
心がつらいのか、身体がつらいのか、
あるいは両方なのか。
それはネジにはわからない。
けれど、伝わってくる。
何でかはわからないけれど、
ニィがつらいということ。
世界は喜びで回っているのに、
喜びの歯車で回っているのに、
何でつらいんだろう。
「聖職者さん」
ニィがネジに呼びかける。
「私を涙にしてください」
とても無邪気に自然に、ニィは言う。
一瞬何を言われたか、ネジはわからなかった。
「私は解放されたい」
「…だめですよ」
「どうして?」
ニィは首をかしげる。
「生き抜かないとだめですよ」
「もう、いいでしょ」
「だめです」
ネジは重ねてそう言う。
「記憶ないから、いろいろわかりませんけど」
「そうなの?」
「そうなんです、でも、だめなんです」
ネジは自分が何を言っているのかわからない。
涙にしたくない。
時計を止めたくない。
撃ちたくない。
でも、つらい思いをさせたくない。
ごちゃごちゃして、まとまらない。
ネジもまた、内側が痛くなる。
サイカがぽんぽんとネジの背をたたいた。
「つらいか」
その言葉はネジに向けた言葉だった。
ネジはうなずく。
つらい、なんだかわからないけれどつらい。
「この少女は知りすぎた。交信範囲を超えてしまっている」
「こうしんはんい?」
「中央が定めている交信の範囲を超えている」
ネジにはよくわからない。
「世界のことを知りすぎていて、それで罪人にされるかもしれない」
「そんなのってないよ!」
ネジは思ったままを叫んだ。
ニィは召喚のことを学んだだけだ。
たくさんの本を読んで、召喚の技術を磨いただけだ。
そしたらいろいろ知りすぎて、
知りすぎたがゆえに、つらくなって、
挙句の果てには罪人にされるかもしれないという。
そんなのってないとネジは思った。
「ネジ」
サイカが呼びかける。
「お前はつらいものを昇華できるんだ」
ネジはラプターに手をかける。
「トランプはおそらく、知りすぎたこの少女を消すために動いている」
「サイカが召喚したのに?」
「口実がないと動けない…俺は口実を与えてしまった」
「そうなんだ…」
違法な、非登録召喚をしたのは、誰だということになり、
そんなことができるのは、マーヤの召喚師。
トランプはニィに目をつける。
そして、ニィは処分される。
建前は非登録召喚、
本音は知りすぎたもの。
「いっぱい世界を見たかった」
ニィが夢見るようにつぶやく。
ネジはラプターを抜いた。
構える。
至近距離でニィを狙って。
「ごめんなさい」
ネジはつぶやく。
ネジの肩に力が入る。
震える。
「ごめんなさい」
イメージが走る。
つらい、痛み、透明の歯車。
止まりかけの時計を感じる。
時計と歯車が共鳴している。
そして、透明の歯車がぐるぐる回る。
ネジはイメージをラプターにこめる。
あるいは祈りのように。
「ごめんなさい」
ネジは何度も謝る。
ニィは微笑む。
「そうじゃないよ」
微笑んで続ける。
「さようなら、また会いましょう、だよ」
ネジはニィを見据える。
視線は赤い前髪でさえぎられて、わからない。
「さようなら、また会いましょう」
ネジは引き金を引いた。
すごい勢いで、イメージが開放された感覚を持った。
それはニィに着弾する。
ニィが微笑んだ。
とても無邪気にうれしそうに。
そして、輪郭が透明になると、
一瞬凝縮され、拡散する。
ニィは涙になった。
ニィは解放された。
泣き声が響く。
ニィの母であるアーローが泣いている。
むせび泣きだ。
たくさんの涙が流れていく。
これでよかったんだろうかと、ネジは問う。
答えがなくて、ネジはそこに立ち尽くした。