サイカが先にたって、ネジが追う。
「どこいくの?」
「宿に戻る。書物庫も気になるがな」
「行けばいいじゃないか」
「もう、大体のことはわかった」
「どういうこと?」
「宿に戻ってから話す」
そのままサイカは歩いていく。
ネジは疑問を感じつつ、いつものように歩いた。
二人は宿に戻る。
ネジは手を洗う。
いろんなものが流れる感じがする。
泥が流れても、
涙にした事実は消えないし、
今も誰かがニィの涙で泣いているかもしれない。
ネジは部屋に戻る。
サイカが黙ってベッドに腰掛けている。
ネジは自分のほうのベッドに腰掛ける。
しばらくの沈黙。
サイカが話し出す。
「ザニ家は召喚師の家系。だから可能性はあると思った」
「可能性?」
「中央が定めた交信範囲を超えている可能性」
「なんか、言ってたね」
サイカはため息をつき、続ける。
「記憶がないのを前提にして、説明するが」
「俺も知っていたほうがいい?」
「どうせ知ることになる」
「ふぅん…」
「簡単に言うと、だ、世界の歯車に干渉する可能性がある」
「うん?」
ネジは首をかしげる。
「喜びの歯車だけじゃないの?」
「世界を作る歯車にはいろいろな仕組みが絡んでいる」
「ふぅん、いろいろあるんだ」
「中央が意図的にはずした歯車もある」
「意図的に?」
「意図しないで外れたものもある」
「そこに干渉されたくないんだね」
「中央がバランスを取っている、今の状態でいたいんだろう」
「平和だしね」
ネジはイメージする。
歯車が回っている、
不完全な仕組みであるけれど、
喜びの青白い歯車を中心に。
「中央の力がなくなれば、大戦のようになると思っているらしい」
「だから中央は歯車を守るの?」
「歯車は、箱入り娘だ。誰にも触らせない」
「ふぅん…」
「それでも」
サイカがそこで言葉を区切る。
「その箱入り娘の歯車に触れたやつがいる」
「そんなことがあったんだ」
サイカは黙った。
ネジも黙った。
沈黙が降りる。
何かを隠している。
サイカは何かを隠している。
でも、聞き出す術をネジは持たない。
「多分ザニ家は、交信範囲を超えないようにしていたのだろう」
「うん」
「超えたら、罪人にされる。生まれ変わることもできない」
「うん…」
「喜びの歯車は不完全だ。そこに交信されることを中央は嫌がる」
「世界の中心らしいからね」
ネジは思い出す。
どこにもかしこにも、
青白い歯車が動力源になっていること。
そして、みんな自然に喜びになっていたこと。
これが平和というのであって、
これでいいのだと思いつつ、
少しだけ、疑問も持つ。
喜びだけでいいのだろうかと。
「サイカぁ…」
サイカが顔だけ向ける。
「俺、わかんない。平和なのに涙にならなくちゃいけないとか」
「それでいいんだ」
サイカは少しだけやさしく、そう言う。
「いいんだ」
サイカの言葉は、自分に言い聞かせているようでもあった。
「新聞師さんに伝えるべきかな」
「言わなくてもわかる。きっとな」
「うん…」
きっと新聞師は涙を流した。
目を、心を洗う涙。
ネジは涙をつらくてきれいなものだと思う。
きれいな世界だけど、
涙はいろんなものが凝縮されていて、
一粒がものすごくきれい。
新聞師はきっと泣いている。
きれいな涙で流せればいいなと思った。
「明日の朝には旅立つ」
「うん」
「グラス越えをする」
「はじめて」
ネジはどきどきする。
いったいどんなことをするんだろう。
「できればトランプと鉢合わせしないうちに、ここを出たいところだ」
「大丈夫だよ。サイカはきっと」
「何が大丈夫なんだか」
「サイカはとっても強いから」
「そうでもない」
サイカはため息をつく。
「俺は強くない」
どうしてサイカがそんなことを言うのか、
ネジにはわからなかった。