ネジはふらふらとゆれる。
いろんなものがやってくるようであり、過ぎていくようでもある。
時計が、歯車が、動いているのを感じる気がする。
彼女がいる気がする。
彼女?
誰だ。
そこまで考えたところで、
ネジの感覚がゆれたものから、はっきりしたものになる。
ネジは車の運転席にいる。
縛られているとちょっと感じたが、
感覚を起こしてみれば、それはシートベルトだ。
何のことはない。
ネジは頭を振った。
彼女って誰だ?
「着いたな」
サイカが短くそういう。
いつものポーカーフェイスが、少ししかめられている。
サイカも揺れる感覚を持ったのかもしれない。
「到着です」
静かな男の声がかかる。
黄色のローブに、先が輝く杖。
転送師だろう。
でも、多分さっきの人とは違う。
男だとはわかるが、年齢はさっぱりだ。
似ていないのに、根本が似ている気がする。
「ようこそ、グラスサードへ」
転送師はにっこり微笑んだ。
「酔いはしませんでしたか?」
転送師が尋ねる。
「なんか変なものを見た気がするよ」
ネジは答える。
引っかかっている。
覚えていないのに、なんだか覚えている気がする。
転送師はうなずく。
「転送は、グラスを越えるものです」
「うん」
「その際、グラスの輪郭や構造が、意識に入ってしまうこともあるといいます」
「グラスの?」
「そうなんです。人によっては世界を感じたという人もいます」
「よくわかんないなぁ」
「昔も今も、グラスを越えるのには、これがつきものでしてね」
「なるほどなぁ」
ネジは納得する。
つまりは意識がごちゃごちゃになって、変なのが出てきたんだろう。
たいしたことじゃない。
「運転するには少し時間を置いたほうがいいでしょう」
転送師は静かに言う。
なるほど、ふらふらしてハンドルを握ったら危ない。
ネジは首を回してみる。
ちょっとだけ、くらっとする。
「大戦時代は、転送してすぐに戦いにいったものらしいです」
「みんな、くらくらしなかったのかな」
「それでも戦う、それが戦争です」
「そっかぁ…」
ネジはシートに背を預ける。
転送所を眺める。
昔はこういう陣の中に、兵士がいっぱいいたりして、
何のために大戦が起きたかはわかんないけど、
戦う人がこうしてグラスを越えていった。
転送師は、大戦が起きる前から職業としてはあるんだろう。
古い職業なんだろう。
ネジはネジなりに歴史を感じる。
大戦ってなんだったんだろう。
何でみんな歯車になったんだろう。
「どうだ、具合は」
隣からサイカが声をかけてくる。
「そろそろ行けそう」
ネジは答える。
キーを回してエンジンをかける。
小さな車がうなる。
「それじゃ、お世話になりました」
ネジは転送師に声をかけると、
ゆっくり車を走らせ、アーチへ向かった。
くぐり、転送院の磁器色の建物を抜け、
大きな扉を抜けた。
「どこに行けばいいかな」
ネジが扉を抜けたところでサイカに問う。
「ここからそう遠くないところに町がある」
「それじゃ、そこを目指そうか」
「そうだな」
サイカはうなずく。
そして、道を指示する。
ネジはうなずくと、アクセルを踏んだ。
グラスサードは、どうも乾いている。
ネジは真っ先にそんなことを感じた。
グラスチーラは、草原だったけれど、
ここは、どうも砂っぽいなぁと、走り始めてそう思った。
グラスが違うということは、こんなにも違うのかもしれない。
道は一応ある。
砂まみれでわかりにくい。
道を外れたら、目印の少ない砂の中、
迷子になってしまうかもしれない。
そしたら大変だなどとネジは思う。
「慎重に慎重に」
ネジはつぶやく。
じっと前を見つつ、ネジはアクセルを踏む。
砂煙が少し立つ。
やっぱり乾いたところだと、ネジは思った。