その場に沈黙が下りる。
「どうします?」
沈黙を破ったのは、トリカゴの声だ。
「いずれトランプがこの町にやってきます」
「そりゃ、いきなり滅んだんだから、調べに来るだろうね」
ハリーはニコニコと笑っている。
「離れたほうが、面倒はないということか」
サイカがそういうと、トリカゴはうなずいた。
「僕はどうでもいいよ。僕はいつでもどこにでもいけるし」
ハリーは飄然と言ってのける。
「あたしは生き残りの、この子を連れて、できればどこかに」
トリカゴは言葉を切り、続ける。
「ネジといいましたね、あなたが許してくれればですけど」
ネジは迷う。
トリカゴはこの町を滅ぼした引き金だ。
トリカゴが力学の計算をしなければ、
この町は隣町と同じように平和だったはず。
平和な町をいくつか見てきた。
みんな喜んでいた。
喜びは狂っているのだろうか。
わからない。
(悩んで)
ふいに、ネジの頭に、聞いたことのあるような声が聞こえた。
(悩まないと真実は見えないから)
ネジの少ない記憶が言っている。
これは、ニィの声だ。
頭の中にかすかに響く。
ニィはネジの中にそっと、いる。
そんな気がした。
ネジはラプターを腰から抜いた。
そして、トリカゴに狙いをつける。
「ひとつだけ聞かせてください」
「なにを?」
「死んでしまった町の人は、どうしましたか?」
「みんな、私が弔った。彼らの一つ一つの弔いの銃弾で」
トリカゴは片目で遠い目をする。
「一人残らず、私が弔いました。この子をのぞいてね」
トリカゴはうつむく。
「計算違いは私の罪。ですから…」
ネジはトリカゴとの間合いをすっと詰め、
ラプターでトリカゴを小突いた。
銃弾も放たない。
ただ、こつんと。
「贖罪があるならこれからです」
「これから?」
「輝く感情を、その子どもを、どうか、大切にしてください」
「ああ…」
トリカゴは息を漏らす。
子どもは、にぱっと笑った。
「トリカゴさんは涙になり損ねた。不完全なまま、生きてください」
ネジはラプターを腰にしまう。
そして続ける。
「それが、俺からの罰です」
子どもが恐れもせず、ネジの元にやってくる。
「ありがとう」
「ありがとう?」
ネジが問いなおせば、子どもはうなずく。
「トリカゴは泣いてたんだよ」
「いつ?」
「みんなを涙にしながら、いっぱいごめんなさいで、いっぱい泣いてた」
ネジは子どもに視線を合わせて、かがむ。
「トリカゴさんは強い。けど、守れるときは守ってやってくれるといいな」
「うん」
子どもは無邪気にうなずく。
ネジもうなずいた。
この輝きがある限り、多分大丈夫だと思う。
心の奥まで届くような輝きの感情を感じる。
普通のちっぽけな子どもだ。
純粋で無邪気で、何も知らない子どもだ。
ネジは不意にイメージを感じる。
トリカゴが滅ぼしてしまった町の、
新たな種。
何という感情の名前なんだろう。
まだ名前がないんだろうか。
それとも、ネジが知らないだけなんだろうか。
「さてと、それじゃ僕はおいとまするよ」
ハリーが微笑みながら、すっと影に向かう。
「また会えそうな気がするよ。じゃあね」
ハリーはやわらかく影に消えた。
「それではあたしは、この子を連れて旅に出ます」
「そうだな、トランプに連れて行かれては、元も子もない」
トリカゴはうなずく。
そして、扉を開けた。
「俺たちも行くか」
「うん」
扉を出て、通りを歩き、
車の止めてあるオアシスまで行く。
ネジは地図を取り出し、
いくつか前の宿から持ってきたペンで、
今までの道を書き入れる。
ページをめくり、転送院からたどって、
ノズナの町、ズシロの町、
次はどんな場所なんだろう。
いくつか前の町でもらった燃料のタンクをようやく使う。
砂漠で止まられると困る。
オアシスは静かに水をたたえている。
もしかしたらとネジは思った。
このオアシスが、ここに息づいているのは、
トリカゴがちゃんと弔った涙が混じっているからかもしれないと。