「サイカぁ」
「どうした」
「たとえばだよ」
「うん?」
「サイカが俺の立場だったら、トリカゴをどうしていた?」
ネジは運転しながらたずねる。
「言い分をぶつけ合って戦う」
「サイカ攻撃的なんだね」
「議論を何度も重ねても時間が過ぎるだけだ」
「でも、平和的解決もしなくちゃ」
「そうかもしれない、だけどな」
サイカは言葉を切る。
「命を奪う選択をしたものは、命をかけないと納得できない」
サイカはきっぱりと言う。
「だから、トリカゴの考えが理解できなかったら」
「できなかったら?」
「俺はトリカゴと戦うつもりだった」
「そっか…」
「でも、トリカゴが聞いたのはお前で、お前はトリカゴを許した」
「許したわけじゃないよ」
ネジはハンドルを少し切る。
「あの輝く感情を、守ってほしかったんだ。それだけ」
ネジのわからない輝く感情。
中央も支配していない感情。
それは喜びでないのだろうか。
「あれは、なんなんだろうね」
ネジはつぶやく。
知っているようで、あの輝きはわからないような。
忘れているのかもしれない。
「中央は、時計でたいていの感情を制御している」
「とけい…ああ、埋めるあれ」
「そうだ、涙になった最後に時計が残る。あれでたいていの感情が制御されている」
「たとえばさ」
「なんだ」
「喜びの歯車を使って喜ぶっていうのは」
「ふむ」
「喜びの歯車と、時計が連動している?」
「感情は複雑だが、大雑把に言えばそういうことだ」
「それじゃ、平和を歯車で作ることもできるんだね」
「逆もまたしかり。トリカゴがやったこととかな」
ネジはうなずいた。
いつか何かで見たことがあるようなもの。
歯車が組み合わさって、時を刻むものができる。
あれは時計を作るものだったのだろうか。
そして、夢だったのだろうか。
遠くに転送院が見えてくる。
とりあえず車が止まるような気配はない。
がたがた言わないということは、
調子がいいんだろう。
でも、次のグラスにいったら、
調整をしてもらったほうがいいかもしれないな。
ネジはそんなことを思い、アクセルを踏んだ。
「サイカぁ」
「どうした」
「ハリーのこと知ってるの?」
「噂だけは以前に聞いた」
「どんなの?」
「怪盗ハリー。主に美術品を盗む」
「ハリーは芸術家?」
「会った印象だと違うな」
「どんな?」
ネジは問う。
「あれは模写の限界と、唯一を探していると感じた」
「ふぅん?」
「俺が感じたことだ。あまりあてにするな」
「サイカがそんなこというって珍しいね」
「そうか」
「いつもサイカは何でも知ってるみたいだからさ」
「全部は知らない。だから旅をしているんだ」
「そっか」
ネジはなんとなく納得した。
ネジがわからないように、
サイカも、わからないことがあるのかもしれない。
大きな磁器色の転送院には、夕方についた。
転送院の大きな門を通って、
転送所の陣の中へ。
黄色いローブの転送師が、転送を執り行う。
グラスを越えるときは、いつだって閃光。
ネジは白とも黒とも、
輝く視界に揺られる。
歯車。
一生懸命歯車を噛み合わせている人がいる。
ネジはよく見えないが、
歯車が変な形で回っているような気がする。
彼女がいる。
歯車の上に。
彼女?
誰だ。
ネジの身体が転送されて出来上がる。
車のシートにネジとサイカがいて、
転送師が近くにいる。
「ようこそ、グラスシャンへ」
ネジはうなずく。
「この転送院からの道は、海に面した下り坂になっています」
「そうなんだ」
「ですから、揺らぎが収まってからでないと、大変危険です」
「そっか、ありがとう」
ネジはシートの背にもたれた。
グラスを越えるときに見た、彼女は誰だろう。
考えたが、答えは出なかった。