目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第44話 船旅

転送をしてからの揺らぎが収まり、

ネジは車のキーを回した。

車はぶるぶるとうなりだし、

ネジの導くままに、転送院を後にした。


転送院を出ると、そこは海の見える高台だ。

磁器色の転送院のすぐ近くは、

がけっぷちになっていて、

がけっぷちのその近くに、わりと急な坂道が続いている。

ネジはブレーキを踏んで、

じっと海を見る。

島がいくつも見える。

そして、夕焼けに赤く色づく海と空。

沈みながらも輝く太陽。

「すごいや」

ネジは感嘆する。

この空を、海を行く技術があるらしいことは聞いている。

どんなものだろう。

昼間ならやっぱり真っ青なんだろうか。

真っ青の海の下に魚がいる。

真っ青の空の上に鳥がいる。

その間に人がいる。

それだけのことが、なんだか素敵に感じられた。

ネジはゆっくりブレーキを戻し、

慎重に坂道を降りていった。


転送院は、ひとつの小さな島の上にあったらしい。

坂道をずっと降りていくと、

そこは、船の発着所だった。

小屋がひとつ、

桟橋がひとつ。

近くに車をとめ、

サイカが交渉に出た。

ネジは車で待っている。


小屋で男が何かしている気がする。

連絡だろうか。

ことは何も荒立つことなく、

夕日が沈もうとしているばかりだ。

小屋の上にある青白い歯車が、

ゆっくりと回っている。


サイカが戻ってくる。

いつもの無表情で車に乗る。

交渉はどうなったのだろうかと、ネジは心配する。

「まもなく、車も積めるほどの船が来るらしい」

「そりゃよかった」

ネジはほっとする。

「船でトーイの町へ。この島からそう遠くはない」

「ふむふむ」

「そこで宿を取る」

「地図だとどこ?」

サイカは地図をめくる。

グラスシャンは、島がいくつも浮かんでいるグラスらしい。

サイカは転送院の位置を示す。

「それで、町は?」

「ここだ」

距離にしてそう遠くはない。

車で夜を明かすことにはならないようだ。

旅慣れしていないネジは、

それがちょっとありがたかった。


ネジは車のエンジンを止める。

野宿ってどんな気分だろう。

技術が発展して、

車でたいてい、どこにでもいける今、

野宿なんて死語かなとも思う。

脅かすものは何もないし、

平和にグラスをわたっていける。

旅だって危険じゃない。

トランプが追ってきているかもしれないけど、

サイカがきっとやっつけてくれるはず。

ネジもがんばらなければ、だめかなぁとも思う。


あたりが暗くなり始めた頃、

遠くから海をやってくる明かり。

小屋から男が出てきて、

桟橋近くに強い明かりをともす。

「あれかな」

「そうだな、いくか」

ネジはエンジンをかける。


小さな港に船が入ってくる。

巨大ではないが、

ネジとサイカの乗っている車なら、

すっぽり積んでも余裕がある船だ。

「おおい、ここから乗せなさい」

小屋の男がランプらしいもので誘導する。

ネジはライトをつけ、誘導に従う。

あたりはずいぶん暗くなってきた。

慎重に慎重に。

分厚い鉄板の上を通って、

車は船の車庫に入る。

「それじゃあなぁ」

小屋の男が大声を上げて見送ってくれた。


車庫の適当な位置に車をとめる。

かんかんかん!

鐘の音と、

ボーっという音がする。

汽笛というやつだろうか。

船がふらりふらりと揺れて、

動き出しているのを感じる。


車庫に、船員がやってくる。

サイカが乗船代金を払う。

「ずいぶんレトロな車ですね」

船員は車をしげしげと見る。

「珍しいか?」

「ええ、このグラスでは空か海ですからね」

「喜びの歯車で、か」

「そうですね」

船員は答える。

「この船も歯車動力です」

「なるほどな」

「まもなく到着します。くつろいでお待ちください」

「わかった」


船員はどこかへ戻っていき、

車庫に静けさが戻った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?