ネジは酒屋を覗き込む。
色とりどりの瓶。
いつも思うが、酒瓶には魔法がかけてあるような気がする。
そんな気がする。
「いらっしゃいませ」
若い男が奥から出てくる。
眉のきりりとした、まじめそうな男だ。
「何かお探しですか?」
「グラスシャンのお酒って、どんなのかなと思って」
ネジは答える。
「そうですねぇ…」
男は考える。
「トーイの町でよく飲まれているのは、ルルーという軽いお酒です」
「ふむふむ」
「歴史で言えば、ヴェルヌですね」
「どんなお酒なのかな」
男はうなずく。
「私も二代目で先代から聞いた限りなんですけど」
男は話し出す。
ルルーという酒は、いわゆる発泡酒。
グラスシャンで取れた、果実を原料にした、さわやかな酒。
軽い酒なので、食前にも合う。
トーイの町に限らず、
とりあえずの一杯としてよく飲まれる。
赤ルルー、白ルルー、太陽のルルーなどがある。
それぞれ使っている果実が微妙に違う。
歴史としては、
新鮮な果実も運べるようになった、
空路の発達がルルーが広まることに一役買ったという。
ヴェルヌという酒は、いわゆる薬草酒。
グラスシャンの移動手段が船だった頃、
船の上で病気になったもののために、
薬草を飲みやすくしたものが原型とされている。
ソーダ水で割るのが一般的。
グラスシャンの薬草が詰まった酒なので、
命の一滴などとも言われた。
砂糖をふんだんに使ってあるが、基本的には苦い。
「こんな感じです」
男は言いながら、小さな瓶を持ってくる。
「これがヴェルヌです。基本は薬ですね」
「ルルーって言うのは?」
「こっちに冷やしてあります」
男は青白い歯車を回して、扉を開く。
瓶がたくさん並んでいる。
白、赤、オレンジ色、ピンク、緑、黄色、
「人の数だけルルーの好みがあるんです」
「それでこんなにあるんだ」
「どんな風味がお好きですか?」
「うーん、寝る前に飲むんだよね」
ネジと酒屋の二代目は話し合い、
ネジは、白ルルーの小さいのをひとつ買うことにした。
ヴェルヌもちょっと気になったが、
苦いのは苦手だ。
「お待たせ」
ネジがサイカに声をかける。
「いいのはあったか?」
「たぶんおいしいよ。サイカもどう?」
「俺は酒は飲まない」
「ふーん」
もったいないとネジは思った。
酒を知れば歴史が見えてきて面白いのにと。
「それじゃ宿を取ろうか」
サイカはうなずき、先にたって歩き出した。
ネジは後からついていく。
酒屋を出ると、潮風らしい風を感じる。
ネジのトレードマークの長く赤い前髪が揺れる。
程なくして宿を見つける。
いつものようにサイカが交渉をする。
ネジはちょっと後ろで成り行きを見ている。
「申し訳ございません、ツインはただいま、満室でございます」
「シングル二部屋は?」
「空室がございます」
サイカが振り向く。
「そういうことだそうだ」
「うん、わかった」
ネジはとりあえず答えたが、
少し不安もある。
酔いつぶれたときに誰が面倒見てくれるだろう。
今夜はいつにも増して慎重にしないといけない。
ネジの記憶始まって以来、
初めての一人の夜なのだ。
隣のベッドにサイカはいないのだ。
それでもネジは思う。
とにかく酒が飲み放題かもしれない。
そう思ったところで、
こつんと頭がたたかれた。
「いて」
「今何かよからぬことを考えただろう」
「べ、べつにー」
「飲みすぎるな」
「はーい」
鍵を二つもらって、
部屋に向かう。
ネジの荷物は下着と酒とラプターくらいなものだ。
「それじゃ、おやすみー」
「ああ」
挨拶して二人は別々の部屋に入る。
ネジはシングルの部屋を見回す。
狭いけどいいかなと。
ここは数日間ネジのお城!
狭いけど王様気分!
…でも、有能で眼鏡をかけた執事服の男はいない。
「シャワー浴びるかな」
ネジは聖職者の黒い衣装を脱いでハンガーにかけた。