ネジはシャワーを浴びる。
海のにおいが少しする気がする。
潮水が使われているのかな。
ネジはにおいをかぐ。
歯車で潮水を濾過か何かしているのかもしれない。
「まぁ、シャワーがあるだけいいよね」
ネジは独り言を言ってみる。
なんだかさびしい。
一通り身体を洗って、
いつもより頭をごしごしと拭いて、
雫が滴っていないことを確認する。
サイカがいればセットまでやっちゃうんだけど。
なんだかさびしいけど、そこまで甘えるわけにはいかない。
サイカの言うとおりにしていれば、
とりあえず間違ったことはなかった。
歯磨きだって、身体拭くのだって。
これからもそうなのかな。
子どもみたいといえばそれまでだけど、
なんというか、サイカは間違ったことを言わないし、
サイカは何でも知っている。
なんというか、強いし何でも知ってるし、
サイカは万能の気がした。
ネジはくしゃみをひとつ。
バスローブを探し出して着る。
酒を飲んでとっとと寝てしまおう。
風邪を引いてサイカに文句を言われたくない。
ネジはルルーを手元に持ってきた。
そのとき、ドアがノックされる音。
ネジの頭に疑問符が浮かぶ。
「はーい」
疑問符は浮かんでも、
疑うということは知らない。
ネジは確認しないままドアを開ける。
ドアを手元に引くと、サイカがいた。
見慣れているんだけど、どこか違う。
ハリーの偽者か?と、ネジは一瞬思う。
「確認しろ」
低い声は多分サイカだ。
何か違う気がする。
サイカは黙っている。
そして、眼鏡を…
上げようとして、ないことに気がついたらしい。
気まずそうに手を払う。
「ああ、眼鏡」
ネジは納得いった。
ネジより背の高いサイカが、気まずそうに黙っている。
「極度の近眼でな、ないと何も見えない」
「ありゃ、そうなんだ」
「明日はお前が目になれ」
「え?」
「眼鏡屋に直しにいく。眼鏡屋を探してくれ」
ネジはぽかんとする。
目の前のサイカは、なんだか頼りなく見える。
「たのむ」
サイカに頼まれたのでは、ネジは引き受けるしかない。
「がんばって探すよ」
ネジは使命感に燃える。
サイカの目になれるのはネジだけ!
そして、疑問がひとつ。
「何で眼鏡がなくなったの?」
「…うっかり踏んだ」
ネジは再びぽかんとする。
「それだけだ」
サイカは言い放って部屋に戻ろうとする。
つかつかと歩く。
「サイカ」
「なんだ」
「行き過ぎてる、その手前のドア」
サイカは気まずそうに戻ってきて、
部屋のドアを開けて戻っていった。
ネジは見送ってからドアを閉める。
そして、ひとしきり笑う。
サイカは近眼だったのか。
道理で眼鏡をかけているわけだ。
てっきり伊達なのかと思っていた。
サイカの弱点は眼鏡だったのか。
ネジはうんうんと一人でうなずく。
そのあとではたと思い当たる。
あの頼りないサイカがハリーの可能性は?
確かめておけばよかったなぁと思う。
でも、サイカになりきったところで、得することはないし。
ネジをだましていいこともないし。
「大体ハリーが何で絡んでくるって思うよ」
ネジはベッドに転がる。
「そうそう、何で僕が絡むって思うよ」
「そうだよね」
「だよねー」
ネジは沈黙。
そこにはベッドにくつろぐハリーの姿があった。
「やぁどうも、ネジさん」
「…ええと」
何からたずねればいいだろう。
「僕はどこにでもいけるし、誰にでもなれる。そういうこと」
「じゃあ、どうしてここに?」
ハリーはにっこり笑った。
「犯行予告を出したついで」
「はんこうよこく?」
「トーイの町の大型翼機をちょっといただこうと思ってね」
「ええと、盗む?」
「ぴんぽーん」
ハリーはニコニコ笑っている。
ネジは唖然とするばかりだ。
「それじゃ僕は準備があるからこれで」
「ああ、はい」
「じゃあねー」
ハリーは部屋の影の中にすっと消えていった。