ネジは思う存分風を受ける。
思い出しにくい夢のことも、
トランプに追われるかもしれないことも、
命を道具にされた罪人のことも、
トリカゴのことも、
滅んでしまった町のことも、
いろんなことがぐるぐる渦を巻いた挙句、
風の中できれいにされていく気がした。
ネジは思う。
翼機や鳥がきれいな姿をしているのは、
この風を受けていられるからだ、と。
ネジは記憶が少ない。
でも、今まで本当にいろんなことがあった。
なくすわけにはいかない大切な記憶。
この風を受けているものは、
きっと純粋ということを忘れていないんじゃないかと思った。
ネジも忘れたくない。
ふと気がつくと、サイカがいない。
「あれ?」
ネジはそんなに長時間風に夢中になっていただろうか。
きょろきょろと辺りを見回す。
程なくサイカを見つけた。
誰かと話しているようだ。
ネジはてくてくと歩いていく。
「公爵夫人もじきじきのお出ましだよ」
そんな誰かの声がする。
「大失態だからな」
「まんまと盗まれて、怒りの歯車なんて嘘ついたしな」
「熱量召喚師でなければ、罪人だったかもな」
何人もの噂を、サイカは黙って聞いている。
「サイカぁ」
ネジが声をかける。
サイカは振り向いた。
「もういいのか?」
「うん、気持ちよかった」
「そうか」
「サイカは何をしていたの?」
「情報を集めていた。島陰に公爵夫人がやってきたらしい」
「ふぅん」
「なんでも、グリフォンの歯車技術は中央からのもので」
「ふむ」
「公爵夫人は鵜呑みにしたんだろうという噂だ」
「それでそれで?」
「ハリーを徹底して懲らしめて罪人にしたいそうだ。汚名返上だな」
ネジは思う。
それは無理だろうなと。
ハリーはなんにでもなれるし、
影にすっととけることができる。
そんなハリーを捕まえるなんて、
多分無理だろうなと思う。
「上から見た限りだと、トランプがごちゃごちゃと何かやっているそうだ」
「ハリーの痕跡なんて出ないと思うよ」
「まぁそうだろうな」
サイカは肯定する。
「地上のやつらは大変だな」
噂をしていた誰かが言う。
「翼機はそんなに大きくなる必要はないんだ」
また、誰かが言う。
「一人が乗れればいいのさ。誰もいない空は気持ちのいいものさ」
「俺たちからすれば、グリフォンは珍妙にうつるものだよ」
「なんというか、翼機の肥満みたいな」
「そうそう、不恰好なんだよな」
「地上ではすごいものに、うつるかもしれないけどな」
「空に向かないし、地上でも動きにくい」
「ジデの町では何に使うんだって噂だったよな」
「後生大事に怒りの歯車を守っていたわけだ」
「なかったらしいけどな」
ぽんぽんと好き勝手な噂が流れる。
この台地にいるのは、
たいていが翼機乗りか技術者で、
空を一人でくるくる飛んでいるのが、ほとんどなのだろう。
だから、トーイの町と違った見方ができるのかもしれない。
「そろそろ行くか」
サイカが言う。
「うん、ここは気持ちよかったよ」
「いい記憶がついたな」
「うん」
ネジはうなずく。
空っぽの記憶のところに、
気持ちいい記憶が入るのは大歓迎だ。
ネジとサイカは駅に向かう。
下山を待つ車がちょこんと待っている。
突然、地を揺らすほどのすごい音。
爆音。
何が起きた?
台地が騒然となる。
翼機がひとつ戻ってきた。
「公爵夫人やりやがった!」
「なんだどうした!」
「熱量でグリフォンを爆発させやがった」
「なんだって?」
「島陰は大変なことになってるぞ」
「事故か?」
「わからん」
「俺もちょっと飛んでくる」
台地はあわただしくなる。
島陰の方角から、
黒煙が上がっているのが見える。
「そうまでして、特別でありたかったか」
サイカがつぶやいた。
ネジはわからないなりにうなずいた。
特別なものを持つということは、
何かがゆがむのかもしれない。