ネジとサイカは台地を後にする。
頼りない登山下山用の車がゆっくり下りていく。
白い町が近づいてくる。
ネジは車に揺られながら、ぼんやり考える。
公爵夫人は罪人になるのだろうか。
グリフォンを熱量で爆発させた。
公爵夫人の中では、何か筋が通っていることなのだろうけど、
ネジにはよくわからない。
特別でありたかったと、サイカは分析していたけど、
一言では表せないような気がした。
トーイの町の中心にあって、
怒りの歯車をもっていると信じていた。
公爵夫人は何を考えているんだろう。
町の駅に着き、下車する。
通りのほうが騒がしい。
「道をあけろ!」
「どけ!」
トランプのえらそうな声がする。
どうしてトランプはみんなそうなんだろうかと、ネジは思う。
ネジは人の隙間から通りを見る。
えらそうなトランプの中に、
弱々しくうなだれて連行される女性。
多分、公爵夫人だ。
熱量を召喚して、あの大きなグリフォンを爆発させたと思えないほど、
公爵夫人は憔悴していた。
こうして連れて行かれるということは、
罪人に決定したのだろうか。
それとも、中央でどうにかなってしまうのだろうか。
命を道具にするということもある。
ネジはじっと公爵夫人を見る。
公爵夫人が頭をそっと上げた。
ネジと目が合う。
それは一瞬のことだった。
けれども、公爵夫人が言いたいことがわかった。
ネジにはわかってしまった。
(撃ちなさい)
唇がそんな風に動いたわけではない。
ただ、意思がはっきり伝わってきた。
なぜと考える暇もなく、
ネジはラプターを構えた。
人ごみの中、誰もネジの存在を気にも留めない。
ネジの内側で、透明の歯車がぐるぐる回っているのを感じる。
狂ったようにぐるぐると。
それは痛みに似ている。
誰にも伝えられない感情。
ネジはその感覚をラプターに託し、引き金を引く。
公爵夫人は微笑んだ。
一瞬公爵夫人の輪郭がぼやけると、
透明になって乱反射をする。
そして、はじけたように涙に変わった。
涙は拡散する。
ゆがんだ公爵夫人が涙になって消える。
トランプも町の人も、
唖然とするしかなかった。
ネジはラプターを腰に戻して、
騒ぎからそっと離れた。
自己満足だろうか。
これでよかったのだろうか。
(ありがとう)
ネジの頭に声がする。
(知りすぎた私はこれで世界に帰れます)
公爵夫人の声だ。
「あなたは、どうして俺を…」
ネジは空中に向かって問いかける。
(ありがとう。弔ってくれてありがとう)
公爵夫人の声は、そこで途切れた。
ネジは立ち尽くす。
この声も自己満足のための声だろうか。
妄想なのだろうか。
ネジは無性に苦しくなった。
ゆがんだものは涙にするしかないのか。
弔いと称して殺しているだけじゃないか。
「俺は…」
不意に、頭に手が置かれる。
サイカの手だ。
「公爵夫人はお前を知っていた」
「俺を?」
「軸がなくなって、ゆがんでいる自分を救ってくれると」
「救い、救いなものか…」
ネジは苦しい。
透明の歯車が少しきしんでいるような感覚。
誰にも伝えられない感覚。
「聖職者はその手を汚し、救いを与えるものだ」
「俺でよかったのかな」
「お前でなければいけなかった」
サイカがネジの頭をなでる。
「よくやった」
ネジは唇をかみ締める。
遠くで喧騒が聞こえる。
白い建物のジデの町の中、
ネジは自分が異邦人になったような気がした。
今までもそうだったのかもしれない。
これからも、何か違うものを抱えるのかもしれない。
記憶がなくなっているだけでなく、
何か普通とは異質な自分を感じる。
「サイカぁ…」
「大丈夫だ」
サイカはネジの肩をぽんぽんとたたくと、歩き出した。
「ラプターが見つかる前に町を出るぞ」
ネジはうなずいた。
喧騒を遠くに、
二人は港を目指した。