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第17話 休日は満喫するものです。

 レオノールは、自室の大きなベッドの上でぐったりと寝そべっていた。

(……やっと、休みだ……)

 妃教育と当主教育が始まって二か月。

 朝から晩までみっちりと詰め込まれた訓練と教育に、レオノールはすっかり消耗していた。

(いや、マジでキツかった……っていうか、まだ終わってないんだけどな……)

 王宮では淑女のたしなみを徹底的に叩き込まれ、公爵家では剣を振るい魔法を鍛え上げる日々。

 二つの役割をこなすだけで、心身ともにボロボロだった。

 レオノールは、二か月間の地獄を思い返す。

 妃教育では。

「レオフィア様、背筋を伸ばして、ゆっくりとティーカップを持ち上げてくださいませ」

「はい、先生……」

 王宮では、レオフィアとしての妃教育が本格的に始まった。

 礼儀作法、ダンス、宮廷での立ち振る舞い。

(座り方一つであれこれ言われるし、お茶の淹れ方だけで何時間も講義されるし……)

 最初はひたすら耐えるだけだったが、二か月経つと、最低限の動きは自然にできるようになってきた。

 しかし、妃教育の講師たちが厳しくないわけではない。

「レオフィア様、立ち姿が少し乱れていますわ」

「もっと優雅に微笑みましょう」

「ダンスのステップは、もう少ししなやかに!あっ、右のステップが2拍遅れていますよ」

(あぁぁぁ!! もう勘弁してくれぇぇ!!)

 笑顔を作り続けることに、ここまで疲労するとは思わなかった。

 さらに、妃教育の一環として ヴァンツァーとのお茶会 も定期的に行われることになった。

(正直、これが一番気を使う……)

 王宮の一角にある、美しい庭園のテラスで開かれるお茶会。

 テーブルには高級そうなティーセットと、彩り鮮やかな茶菓子が並べられていた。

「レオフィア、紅茶の味はどうだ?」

「ええ、とても美味しいですわ」

 優雅な微笑みを浮かべながら、完璧に"レオフィア"を演じる。

 ヴァンツァーは落ち着いた表情で紅茶を口に運んでいたが、時折、じっとこちらを見つめてくる。

(……なんか観察されてないか?)

 彼の視線が妙に気になったが、気づかないふりをして会話を続ける。

「殿下は、どのようなケーキがお好きですの?」

「そうだな……チョコレートケーキが好きだ」

「まぁ、そうなんですのね。チョコレートと言えば……」

 レオノールは笑顔を浮かべながら、優雅に紅茶を口に運んだ。

 しかし、心の中では(へぇ……ヴァンツァーって甘党なんだ?)と思っていた。

 お茶会は和やかに進んでいる……ように見えたが、ヴァンツァーは時折、何かを考えているような表情を浮かべることがあった。

(こいつ、もしかしてオレに違和感を感じてるんじゃ……)

 そんな疑念を抱きつつも、表情を崩さず、完璧な淑女としての振る舞いを続ける。

(はぁ……このお茶会、地味に気疲れする……)

 当主教育では。

「レオノール坊ちゃん、もっと丁寧に剣を振ってください! 雑に振っては基礎が身につきませんよ!」

「坊ちゃんの魔力制御はまだまだ甘いですよ。基礎を固めるために、もっと集中を!」

「姿勢が崩れてますよ! そんな状態ではすぐに疲れます!」

(……いや、こっちは休む暇がないんですけど!?)

 今まで縁のなかった剣術と魔法の基礎鍛錬が毎日のように行われていた。

 サヴィア公爵家は武に秀でた家柄であるため、基本が最も重要視され、徹底的に叩き込まれる。

 体力をつけるために走らされ、剣は何十回も素振りをさせられ、魔法は魔力制御の基礎訓練ばかり、一つでも集中を欠けば即座に指導が飛んできた。

(いや、こっちはこっちで、体力の限界なんだけど!?)

 しかも、妃教育と並行しての訓練のため、体力が回復する暇もない。

 昼間は優雅な淑女として振る舞い、夜はひたすら剣と魔法の基礎を叩き込まれる日々――。

(いや、これもう生活じゃなくて拷問だろ……)

 そんな疲労困憊の中、ようやく訪れた久しぶりの休日。

 レオノールはベッドに沈み込み、久々の休息を噛みしめた。

(今日は何もしない。絶対に何もしないぞ……!)

 そう心に誓ったはずだったが、そんな決意もあっさりと崩される。

 ノックの音とともに、乳母のミリーが部屋に入ってきた。

「レオノール様、こんなに天気がいいのですから、お外に出て気分転換されてはいかがですか?」

「……出かけるのはいいけど、外に出たらどうせ『レオフィア』として振る舞わなきゃいけないでしょ? 休みの日まで令嬢するのはゴメンなんだけど」

 レオノールはぐるりと寝返りを打ち、枕に顔を埋めた。

 だが、ミリーは穏やかな口調で言葉を続ける。

「それなら、男子の格好で出かけられては?」

「……え?」

 思わず顔を上げると、ミリーはクスッと微笑んだ。

「あるの?!」

「もちろん、ございますよ」

 ミリーは何気なく言ってのける。

「剣術訓練用の服と一緒に、普段着も数着仕立ててあります。男子の服を持っていないなんて、そんなことがあるわけがありませんわ」

「……」

(なんだ、あるのかよ!?)

 レオノールは勢いよく起き上がった。

「もっと早く言ってよ! じゃあ、今日はそれを着て出かける!」

「ええ、お支度いたしますね」

 ミリーは笑顔でうなずき、早速支度に取り掛かる。

(よし、今日は思いっきり気分転換するぞ!)

 レオノールは、思いがけず得た自由に心を躍らせながら、ようやく迎えた休日の楽しみを考え始めた。

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