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第20話 剣を交えたら、なぜか仲良くなりました。

 午前中は王宮でのダンスの稽古、午後は家に戻り領地経営の勉強。

 いつも通りの一日だったが、今日は思ったより早く勉強が終わった。

 そこでレオノールは稽古場へ向かい、剣の訓練をすることにした。

 あの市場での出来事から一週間。

 レオノールは通常の稽古に加え、密かに自主訓練をしていた。

 護衛がいるとはいえ、いざという時に自分の力で身を守れるようになりたい。

 木剣を握りしめながら、あの日のことを思い返す。

 カッシュたちが来なければ、命の危険はなかったにせよ、怪我は避けられなかっただろう。

 その思いが、木剣を振るう手に力を込めさせた。

 剣を構えた瞬間、手が自然に動いた。

(竹刀と感覚は違うけど、基本は一緒だよな)

 中学時代の剣道の記憶が、意識するまでもなく体に染みついているのを感じる。。

 しばらくの間、型を確認しながら木剣を振っていたが―――。

「おや、稽古中ですか?」

 不意にかけられた声に、レオノールは驚いて振り向いた。

 そこにいたのは、まさかの人物。

 カッシュだった。

(え!? こんなタイミングで!?)

 驚くレオノールをよそに、カッシュはゆったりと歩み寄ってくる。

「音が聞こえたので気になってね。病弱だったと聞いていたが、ずいぶん元気そうじゃないか」

(まずい……! どっちで会うか決める前に、レオノールの姿で出くわしちまった!)

 今さらレオフィアに変わるわけにもいかない。

 つまり――選択の余地なく、レオノールのままでカッシュと対面することになった。

「まあな。当主教育の一環だから、やらないわけにはいかない」

 そう言うと、カッシュは興味深げにレオノールの剣を眺めた。

「せっかくだ、手合わせしないか?」

 突然の申し出に、レオノールは思わず言葉に詰まる。

「いや、最近は魔法の訓練が中心だったし、剣はそこまで得意じゃないから……」

「ふうん? それにしては、随分といい動きをしていたように見えたが?」

「いや、それは……」

「もしかして、怖いのか?」

(くそっ……煽りやがって)

 カッシュは挑発するつもりではなく、純粋にレオノールの実力を知りたがっているのだろう。

 だが、それが逆に負けず嫌いの気持ちを刺激する。

(……やってやろうじゃないか)

「……わかった」

「いい返事だ」

 カッシュは木剣を構え、レオノールもそれに倣う。

 互いに間合いを取り、静かな空気が流れる。

 そして―――カッシュが動いた。

 一瞬で距離を詰め、鋭い一撃を放つ。

(速い!)

 レオノールは反射的に身を引き、受け流す。

 カッシュの木剣は力強く、無駄な動きが一切ない。

(さすがだな……でも!)

 レオノールは前世の剣道の感覚を思い出し、相手の動きを見極める。

 カッシュが次の攻撃を繰り出した瞬間、レオノールはステップで横に回避し、相手の木剣の軌道を外す。

「はっ!」

 思い切って木剣を突き出した。

 バシッ!

 レオノールの木剣がカッシュの脇腹に軽く触れる。

 一瞬の沈黙。

 カッシュが驚いたように目を見開き、次の瞬間、豪快に笑った。

「ははっ、やるじゃないか!」

 レオノールは息を整えながら、木剣を下ろす。

「……まあ、たまたまだ」

「いや、そんなことはない。君、結構やるじゃないか」

「たまたまだって」

 カッシュは納得したように微笑むと、木剣を肩に担ぎながら振り返る。

「今日は楽しかった。また機会があれば手合わせしよう」

「……ああ」

 カッシュはそのまま歩き出し、稽古場の出口へ向かう。

 しかし、足を止め、ふと振り返った。

「あ、そうだ。一つ言い忘れていた」

 カッシュはニコッと笑い、何気ない口調で続けた。

「この間は帽子で分からなかったが……髪が長かったんだな。一瞬、レオフィア嬢かと思ったよ」

「っ!」

 レオノールの心臓が跳ね上がる。

 稽古の邪魔にならないように髪を結んでいたが、それでも似ていると気づかれてしまったのか?

 誤魔化せなかったのだろうか?

 ドキドキしながら、カッシュの言葉を待つ。

 カッシュは少し考えるように視線を上げ――ふっと、微笑んだ。

「でも、レオフィア嬢なら、もっと可愛らしく微笑んでくれるだろうな」

 そう言って、カッシュはニヤリと笑う。

「……なっ」

 レオノールは思わず言葉を詰まらせた。

 からかうような口調だったが、その奥にある本音を見抜くことはできない。

 ただ、妙な視線の理由が少しだけ分かった気がした。

「……それはどうも」

 皮肉混じりに返すと、カッシュは愉快そうに肩をすくめた。

「じゃあな、レオノール。また近いうちに」

 そう言い残し、カッシュは軽やかに去っていった。

 レオノールはその背中を見送りながら、ゆっくりと髪を撫でる。

(……誤魔化せたよな……)

 僅かに残る動揺を抑えつつ、木剣を握り直す。

 カッシュとの奇妙な縁が、今後どう転ぶのか――それはまだ、誰にも分からない。

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