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第21話 ちょっと街にお出かけです。

「今日は……暇だな」

 王宮での午前の妃教育を終え、午後の勉強もいつもより早く終わったレオフィア――いや、レオノールは、自室の椅子に深く腰掛けながらぼんやりと天井を眺めた。

 そういえば、先日十二歳の誕生日を迎えたばかりだ。

 誕生日には盛大なパーティーが開かれ、王宮や貴族の人々が集まり、優雅な音楽と豪華な食事が振る舞われた。

 父や母はもちろん、婚約者であるヴァンツァーもいたが……彼の態度はどこかぎこちなかった。

「おめでとう」とは言われたものの、目を合わせることはほとんどなく、会話も形式的なものばかりだった。

(まあ、アイツとはあまり親しくなるつもりはないからいいけども……にしても、なんであんなによそよそしかったんだ?前はもう少し普通に接していたはずなのに)

 もともとヴァンツァーとはそこまで頻繁に顔を合わせるわけではないが、以前よりも距離を取られているような気がする。

(なにか気に障ることをしたかな?)

 ふと、パーティーの場面を思い出した。

 貴族たちはレオフィアを称賛し、口々に褒めそやしていた。

「レオフィア様はお若いのに本当に素晴らしいお方だ!」

「これだけの才覚をお持ちなら、この国も安泰ですな」

 そう言いながら、ちらりとヴァンツァーを一瞥する者もいた。

(ん? なんでヴァンツァーを見たんだ?)

 一瞬、不思議に思ったが、すぐに「単に婚約者だから気を遣っただけだろう」と納得する。

 それにしても、あまりに褒められすぎて、むず痒い気持ちになった。

(褒めすぎなんだよなぁ……っていうか、困る……婚約破棄したいのに)

 それに褒められるのというのは、完璧であることを求められ続けているようで正直、辛い。

 最近は常にそう見られることが当たり前になってしまっている。

 でも、否定するのも変だし、ただ笑って流すしかなかった。

 そう考えると、少し憂鬱になった。

(まあ、今さらどうしようもないか)

 気を取り直して立ち上がると、ふと自分の姿を見下ろした。

 今日もレオフィアとしてドレスを着ていたが、今の格好は式典や王宮向けのもので、動き回るには少々窮屈だ。

(せっかく時間ができたんだし……久しぶりに街へ出るか)

 気軽な気持ちで衣装棚を開ける。

 普段着よりも動きやすい、街歩き用のワンピースを取り出し、手早く着替えた。

 鏡の前に立ち、そっとスカートの裾をつまんで軽く持ち上げる。

「よし、完璧」

 帽子の角度を微調整し、軽く髪を指で梳きながら、鏡に映る自分を確認する。

(最近はもう、ドレスの扱いにも慣れたな)

 最初の頃は歩き方もぎこちなく、スカートを踏みそうになったり、妙に気を張ってしまったりしていたが、今ではスムーズに動けるようになった。

 歩く際の姿勢や、細かい所作の一つひとつも、今では自然にこなせる。

 すっかり慣れた仕草に、自分でも少し笑ってしまう。

 一人で屋敷を抜け出すのも、今ではすっかり慣れたものだ。

 最初はこっそり出るのに苦労したが、今では使用人たちの目を避けるコツも心得ている。

 どこへ行くか考えながら屋敷を出ると、いつものように慎重に使用人たちの目を避けながら裏門へ向かう。

「行ってきまーす」

 誰にも気づかれることなく、レオノール――いや、レオフィアは軽やかに王都の街へと消えていった。


◆      ◆      ◆


「ん~、どこ行こうかな」

 王都の石畳の道を歩きながら、レオノール――もとい、レオフィアは気ままに周囲を見回した。

(市場はもう何度か行ってるし……今日は雑貨屋とか巡るのもいいかもな)

 そう思いながら貴族街を歩いていると、ふと視界の隅に見覚えのある淡い亜麻色の髪が入った。

「あれ?」

 少し先、豪華な邸宅が立ち並ぶ通りの入り口で、何やら困った様子の少女が立っていた。

「ラフィーナ……?」

 レオノールは思わずつぶやいた。

 十二歳になったばかりのラフィーナ・エヴァレット。

 腰まで届く淡い亜麻色の髪に、慈愛に満ちた琥珀色の瞳。

 穏やかで優しい雰囲気を纏いながらも、どこか芯の強さを感じさせる少女だ。

 何度かレオノールとして会っているが、彼女は「レオフィア」としての自分には会ったことがない。

(どうしよう……いや、今はレオフィアだし……でも無視するわけにも……よしっ、普通に通りすがりの人として接してみるか)

 レオノールは軽く息を吸い込むと、まるで初対面かのようにラフィーナに近づいた。

「どうかしましたか?」

 優しく声をかけると、ラフィーナは驚いたように顔を上げ――そのまま、ぴたりと動きを止めた。

 琥珀色の瞳が、一瞬だけ見開かれる。

(……え?)

 レオノールは思わず警戒する。まるで、自分を知っているかのような反応だった。

 しかし、ラフィーナはすぐにハッとして、少し慌てたように手を振った。

「あっ、ごめんなさい! ちょっと友達に似ていたので……」

 動揺を隠すように、ぎこちない笑顔を浮かべる。

 レオノールは内心ヒヤリとしたが、動揺を見せないように微笑んだ。

「あら、貴方の友人に?」

「はい、男の子なんですけど、女の子みたいに綺麗なんです」

 ラフィーナは言いながら、どこか楽しそうな笑みを浮かべる。

(……いや、それってオレのことだよな?)

 レオノールは心の中で苦笑しつつ、平静を装った。

「へぇ、素敵なお友達なのね」

「はい! すごく優しくて、頼りになる人なんです。でも、時々ちょっと抜けてるところがあって……」

「ふふっ、そうなの?」

(抜けてる……? そんなことないと思うんだけどなぁ)

 ラフィーナがまさか自分について語るとは思わず、レオノールは内心くすぐったい気持ちになった。

 ただ、話しながらふと感じたことがある。

(……女の子として扱われるの、なんか不思議な感じだな)

 いつもはレオノールとして接していたラフィーナが、今はまったく違う目で見ている。

 声のトーンや仕草ひとつで、相手の反応が変わるのが少し面白くもあった。

 ラフィーナは少し恥ずかしそうに頬をかきながら続ける。

「でも、すごく大事な友達なんです。私、あの人といると、何だか安心するんですよね」

 その言葉に、レオノールの胸が少しくすぐったくなる。

(……なんか、嬉しいな)

 レオノールは笑みを浮かべると、親しげな口調で言った。

「それなら、そのお友達は貴方にとってとても大切な存在なのね」

「はい!」

 ラフィーナは力強く頷いた。その笑顔がまぶしくて、レオノールは少しだけ目を細める。

 だが、内心では少し複雑だった。

(友達として慕ってくれるのは嬉しいけど……いずれ、ラフィーナは"聖女"になるヒロインだ……今は余計なことを考えないでおこう)

 レオノールは意識を切り替え、いつものように微笑んだ。

「それなら、案内しましょうか? どこに行きたかったんです?」

「えっ、いいんですか?」

「もちろん。困ったときはお互いさまよ」

「ありがとうございます。私はラフィーナ、貴方は?」

「私は、レオフィアよ」

 こうして、二人の"女の子同士の時間"が始まった。

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