王都の街並みを歩きながら、レオフィア――もとい、レオノールとラフィーナは並んで話していた。
「ここは初めてなんですか?」
「はい。母さんのお使いで来たのですが、道を間違えてしまって……」
ラフィーナは申し訳なさそうに微笑む。
(貴族街とはいえ、迷子になるなんてな……)
彼女の家は王都にあるはずなので、そこまで土地勘がないわけではないはずだ。
とはいえ、貴族街は広く、似たような屋敷が並んでいるため、迷うのも無理はないかもしれない。
「じゃあ、一緒に行きましょう。せっかくだし、お店を見て回るのも楽しそうですし」
「本当ですか? ありがとうございます!」
ラフィーナはぱっと顔を輝かせた。
(……なんか、素直で可愛いな)
レオノールはそんな彼女の無邪気な笑顔を見て、心の中で苦笑する。
普段は『レオノール』として接しているが、こうして『レオフィア』として話すと、まるで違う反応をされるのが少し新鮮だった。
王都の通りを歩いていた二人だったが、突如として広場の方からざわめきが起こった。
「……何かあったみたいですね」
「ええ……」
二人は不安げに顔を見合わせる。
そして次の瞬間、通りの向こうから鎧に身を包んだ警備隊が勢いよく駆け込んできた。
通行人たちはざわめきながら道を空ける。
警備隊の中央には、堂々とした足取りの少年がいた。
「カッシュ……?」
レオノールは思わずその名を呟く。
(何だ?、あんなに大勢の警備隊を引き連れて……)
そう思いながら、彼のほうに歩み寄る。
「まったく、こんなときに、騒ぎを起こすなど」
「例の件とは関係ないようです」
「無駄骨か……」
レオフィアは軽く手を振りながら声を掛けた。
「カッシュ」
「……っ、なんで、君がここに?」
「警備隊なんて連れて物々しいわね。何かあったの?」
カッシュは一瞬、レオノールを見て驚いた表情を見せたが、すぐに眉間に皺を寄せた。
「今は任務中だ。君には関係ない」
そっけなく言い放たれ、レオノールは眉をひそめる。
「何よ、それ。これだけ物々しいのに気にならないはずないじゃない」
普段、カッシュが連れているのはグラード家の護衛騎士だ。
なのに今日は護衛騎士に加えて警備隊もいる。
何か事件があったのは明白だった。
(教えてくれれば、手伝ってやったのに……『関係ない』って、ムカつく)
カッシュは少し目を細めたが、それ以上は何も言わず、逆に問いかけてきた。
「それより、護衛はどうした? 侍女は?」
レオノールは一瞬、言葉に詰まったが、すぐに開き直る。
「いないわよ」
堂々と言い切ると、カッシュは呆れたようにため息をついた。
「……君は本当にどうしようもないな」
「何よ、それ!」
「もう帰れ。今日はもう十分だろう?」
「いやよ」
レオノールが即座に反論すると、カッシュは驚いたように片眉を上げた。
「お前……っ」
「レオフィア!」
突如、ラフィーナが駆け寄ってきた。その声にレオノールは振り向き、カッシュに向き直る。
「失礼するわ」
それだけを言い残し、ラフィーナと共に歩き出した。
背後からカッシュの声が追いかけてくる。
「……頼むから、今日は早く帰れよ」
しかし、レオノールは無視を決め込んだ。
少し歩いた後、ラフィーナが心配そうに尋ねる。
「いいの?」
「いいのよ」
レオノールはあっさりと言い捨てると、再び歩き出した。
そのままラフィーナのおつかい先へと向かう。
◆ ◆ ◆
目的地まであと少し、というところで誰かがぶつかってきた。
「すみません、助けてください!」
突然、細い路地の入り口から小さな子供の声がした。
レオノールとラフィーナは驚いて足を止める。
声のした方向を見ると、そこには涙目の小さな男の子が立っていた。
「どうしたの?」
ラフィーナが優しく声をかけると、男の子は涙をぬぐいながら言う。
「妹が……動けなくて……! お願い、助けて!」
必死な訴えに、ラフィーナは迷わず男の子の元へと駆け寄る。
「大丈夫よ、すぐに見に行くわ!」
「ちょっと待って、ラフィーナ!」
レオノールは直感的に違和感を覚えた。
(この場所、人通りが少なすぎる……)
だが、ラフィーナはすでに男の子の後を追って路地に入っていく。
「もう……仕方ないわね」
レオノールもその後を追った。
そして、狭い路地の奥へと進んだ瞬間―――。
「っ!?」
突如として、ラフィーナの体が後ろから大きな手に捕まれた。
「なっ!?」
レオノールが振り向いた時には、すでにラフィーナは口をふさがれ、抵抗できない状態になっていた。
「ごめんなさい……」
小さな男の子が、怯えた表情のままポツリと呟く。
「え?」
その言葉を聞いた瞬間、レオノールの背筋が凍りついた。
「……まさか」
「本当に、ごめんなさい!」
男の子はそう叫ぶと、後ろへ飛び退るように逃げていった。
(……罠だった!)
だが気づくのが遅すぎた。
「残念だったな、お嬢様方」
背後から、低い男の声が響く。
(しまっ、た)
背後に気配を感じ、振り返ったが遅かった。
次の瞬間、がっしりとした腕がレオノールの腕を掴んだ。
「放せっ!」
引っ張ったがビクともしない。
それでも、強引に腕を引っ張ると思いっきり、男の足をヒールで踏んだ。
「ぎゃああっ」
「ざまあみろっ」
思わず、本音が零れ出た。
「やりやがったな!!」
レオノールは体勢を立て直し、辺りを見渡した。
(1、2……五人か……マズいな)
一人ならなんとか逃げ切れる。
でも、ラフィーナを置いて逃げるなんてことは出来ない。
(どうする?)
考えていると一人の男が怒鳴った。
「いい加減、大人しくしろよ、お嬢ちゃん。お友達がどうなってもいいのか?」
「レオフィア様っ!逃げて、私はいいかっ……っ」
ラフィーナの顔に冷たい刃物が当てられた。
「うるせぇ。黙ってろ」
「卑怯ね」
「褒め言葉をありがとう……で、どうする?」
ニヤッと嗤う。
「分かったわ」
「レオフィア様っ」
レオノールは仕方なく両手を上げた。
「……レオフィア様」
「大丈夫」
泣きそうなラフィーナにニコッと微笑んだあと、男をジッと見つめ冷笑を浮かべた。
「その子に傷一つでも付けたら許さないわよ」
「それはお前次第だな」
レオフィアは静かに息を整えると、ゆっくりと手を下ろし、男たちの指示に従うふりをした。
だが、その瞳には決して折れない強い意志が宿っていた。
「よし、お嬢様方、こっちに来てもらおうか」
リーダー格らしき男がニヤリと笑い、合図を送る。
すると、二人を取り囲む男たちは、それぞれロープを取り出し、手早くレオノールとラフィーナの手を縛り始めた。
「……随分と手慣れてるわね」
「そりゃあな。こっちも商売なんでな」
男は愉快そうに笑いながらロープをきつく締める。
「痛っ……!」
ラフィーナが小さく声を漏らした。
「やめなさい!」
レオノールが鋭く睨むと、男は面白そうに肩をすくめた。
「ああ、悪い悪い。大事な『商品』に傷はつけねぇよ」
(……やっぱり誘拐目的か)
レオノールは静かに状況を分析する。
相手は五人。
腕っぷしはそれなりに強そうだが、油断している様子も見られる。
完全に無力な貴族の令嬢と思っているのだろう。
「さあ、おとなしくついてきてもらおうか」
男の指示で二人は路地裏の奥へと引きずられていく。
ラフィーナは不安そうにレオノールの方を見た。
「大丈夫よ」と、レオノールは微笑んでみせる。
何かしらの隙を突いて逃げるしかない。
しかし、その機会はどこで訪れるか―――。
レオノールは冷静に男たちを見つめながら思案した。