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第24話 結局、婚約破棄できないのが一番の問題です。

 事件の日の夜。

 レオノールが屋敷の玄関をくぐった瞬間、待ち構えていた家族の怒号が飛んできた。

「レオフィア! なんということをしてくれたのですか!」

「お嬢様、心配いたしました!」

「まったく、無茶をしすぎです!」

 次々と浴びせられる叱責に、レオノールはげんなりした表情を浮かべながら、両手を上げて降参のポーズを取る。

「ごめんなさい、もうしないから……多分……」

 だが、そんな言い訳が通るはずもなく、父と母、そして執事にこってりと絞られた。

 特にミリーは涙目で「お嬢様が無事で本当に良かったです……っ!」と泣きながら抱きついてきて、その後ろではシェラたち侍女が「怖かったです~!」と次々に涙を流し、屋敷の中はまるで大騒動だった。

 ようやく解放されたころには、すでに夜も更けていた。

「はぁ……疲れた……」

 ベッドに倒れ込むように寝転がり、天井をぼんやりと見つめる。

(……カッシュ、カッコよかったなぁ……)

 事件の終盤、颯爽と現れ、誘拐犯たちを一蹴する彼の姿を思い返す。

 鋭い眼光、迷いのない剣捌き、冷静な判断力……流石、攻略対象キャラだと再認識する。

(自分もああいう風になりたいなぁ……)

 カッシュのように強く、頼れる人間になれたら、きっと今よりももっと堂々と生きられるのかもしれない。

 そんなことを考えていると、自然とラフィーナのことが頭に浮かんだ。

 レオノールとしてはたまに街で会う友人。

 でも、今日はレオフィアとしても会ってしまった。

 街で困っているところ流石に無視はできなかった。

(それに……あの時のラフィーナ、本当に必死だったしな)

 彼女の瞳には、不安と戸惑いが浮かんでいた。

 道に迷ってしまったことが、彼女にとってどれほど心細かったかは想像に難くない。

 だが、彼女は誰かに助けを求めることもなく、ただじっと立ち尽くしていた。

(迷子になったことくらいで、貴族に頼るのは嫌だったのかもしれない)

 ラフィーナは下町で育ち、誰かに甘えることなく生きてきたはずだ。

 だからこそ、困っていても誰にも頼らずに何とかしようとしていたのだろう。

 けれど、そんな彼女の様子を見て見ぬふりをすることはできなかった。

(あれを見たら、声を掛けずにはいられないだろ……)

 だからこそ、ラフィーナに話しかけたのは自然な流れだった。

 そして、そのせいで彼女を事件に巻き込んでしまったのも事実だ。

 もしあの時、声を掛けずにそのまま通り過ぎていれば、彼女は無事に帰れたのかもしれない。

(……でも、そんなこと、できるわけないじゃないか)

 困っている彼女を無視するなんて、最初から選択肢になかった。

 だから、結果がどうであれ、それ自体は後悔していない。

(……それに、楽しかったんだよな)

 彼女を助けて、一緒に行動して、気づけば事件に巻き込まれていた。

 危機的な状況だったはずなのに、不思議と嫌な気持ちはなかった。

 むしろ、スリルがあって、協力して何かを成し遂げたような高揚感さえあった。

(あの時、あの場所にいたのがラフィーナじゃなかったら、こんなふうに思わなかったのかもしれない)

 知らない貴族の子女だったら、ただ助けるだけで終わっていた。

 でもラフィーナは違った。

 彼女は、どこか芯の強さを感じさせる子だった。

 事件の最中もただ助けられるだけではなく、自分なりに状況を理解しようとしていた。

 ただの「守られる存在」ではなく、「自分で考えて動く」子だった。

(だから、彼女と一緒にいる時間が、ただの救助劇じゃなくて……なんか、こう、すごくいい経験になったんだよな)

 ――楽しかった。

 それを認めた瞬間、レオノールは思わずゴロンと転がり、顔を枕に埋めた。

 けれど、じわじわと実感が込み上げてくる。

 彼女を助けたことが、ただの義務や偶然ではなく、自分にとっても意味のある時間だったことを。

(これって……結構マズいんじゃないか?)

 自分は数年後、ラフィーナをイジメる悪役令嬢になるはずなのに。

 今こうして楽しかったなんて思っていること自体、おかしくないか?

(でも、見捨てるなんてできなかったし……)

 目の前で困っているのに、助けないなんて選択肢は最初からなかった。

 それに、もしあの時無視していたら、彼女は誘拐事件に巻き込まれることもなかったかもしれない。

(……いやいや、でも、もう会っちゃったし……)

 数年後、ラフィーナは『聖女』として学園に入学し、レオフィアは『悪役令嬢』として彼女を苦しめる立場になる。

 そういうシナリオが決まっている。

 たぶん、ヴァンツァーと婚約破棄

 でも――。

(今更、ラフィーナをイジメるなんて想像できない……)

 レオノールとして何度か会っていた時から、ラフィーナは普通にいい子だと思っていたし、今日の出来事でますますその思いが強くなった。

 それなのに、いずれ彼女に嫌がらせをしないといけない?

 そんなの無理に決まってる。

 あんないい子に嫌がらせなんて出来るわけがない。

 でも、レオフィアは婚約破棄をしなければならない。

 だって、本当は『レオフィア・サヴィア公爵令嬢』はこの世に存在しないのだから。

 今まで婚約破棄できるように色々試してみた。

 現にヴァンツァーとは仲良くはない。

 前に一度、「私のことが気に入らないのでしたら、どうぞ婚約破棄してくださって結構よ」と告げたら怒気を孕んだ目で睨みつけられた。

 あんな目で睨むくらいだったら、婚約破棄してくれればいいのに、何故か拒むのだ。

(アイツの考えてることがマジでわからん!嫌いなら破棄すればいいのに、なんていうか、手放す気がないみたいな……いやいやいや、何考えてんだオレ。そんなわけあるわけないだろ。あ~~クソっ、ゲームが始まるまでに婚約破棄できれば、こんなに悩まなくていいのにっ!!)

 ベッドの上で思わずゴロゴロと転がる。

 婚約破棄さえすれば、『悪役令嬢』としてヒロインをイジメる未来なんて吹き飛ぶはず。

 なのに、ヴァンツァーは婚約破棄を拒否し続けているし、王家の問題も絡んでいてこっちからは出来ないし、そう簡単にはいかない。

(はぁ……どうにかならないかな……)

 ため息をつきながら、再びゴロンと寝返りを打つ。

 けれど、そんな悩みとは裏腹に、ふと脳裏に浮かんだのは――

「……レオフィア様」

 事件の最後に、ラフィーナが小さく呟いたあの声。

 レオノールではなく、レオフィアとして助けた彼女の、小さな、でも確かに尊敬を滲ませたような言葉が、どうしても頭から離れない。

(……やっぱり、マズい気がする)

 またゴロンと転がる。

(でも、もうどうしようもない……)

 そんなことを考えているうちに、徐々にまぶたが重くなっていく。

 悩みは尽きないけれど、今日の疲労には抗えず、レオノールはそのまま深い眠りへと落ちていった。

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