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第27話 妹が褒められると兄としては複雑です。

 一週間後――。

 今日は少し時間ができたので、街へ出ることにした。

 ラフィーナのことが気になっていたからだ。

 あの事件のあと、彼女は普段どおりに過ごせているだろうか、それとも、無理をして笑っているだろうか……。

 そんなことを考えながら歩いていたら、気づけばラフィーナが手伝っている店の近くまで来ていた。

 活気のある街の通りを歩きながら、屋台から漂う甘い菓子の香りや、行き交う人々のざわめきが耳に心地よく響く。

 天気もよく、空は雲ひとつない青。

 石畳の道を進むと、店先では店主たちが元気に声を張り上げ、笑顔で客を呼び込んでいた。

 そんな賑やかな雰囲気のなか、ふと視線を上げると、ちょうど路地から出てきたラフィーナと鉢合わせた。

 彼女はすぐに気づき、ぱっと表情を明るくすると、弾むような足取りで駆け寄ってきた。

 栗色の髪が陽光を受けてきらめき、ふわりと揺れる。

「レオノール!」

 軽やかな声が響く。

 その屈託のない様子に、レオノールは安堵しつつも、少しだけ戸惑いを覚えた。

 事件のことを気にしている様子はないが、それが本心なのかは分からない。

「久しぶりね! どうしたの、街に用事?」

「少し時間ができたからね」

「そっか! じゃあちょうどよかった。今、休憩中なの。一緒にお茶しない?」

 ラフィーナは何の躊躇もなくそう誘い、楽しそうに微笑む。

 まるで、以前と何も変わらないかのような自然な態度に、レオノールは思わず肩の力を抜いた。

 事件のことを気にしていたのは、どうやら自分のほうだったらしい。

「いいよ」

 そう返すと、ラフィーナは嬉しそうに頷き、先に歩き出した。

 近くの売店で冷たい果実水を買い、噴水の近くにあるベンチに腰を下ろす。

 噴水の水が陽光を反射しながら涼しげに揺れ、ささやかな水音が響いていた。

 そよぐ風が、ラフィーナの髪を優しく揺らす。

 彼女は手で押さえながら、ふと視線を落とした。

「ねえ、この間の事件のことなんだけど……」

 彼女が言い出しづらそうにしているのが分かった。

 ならば、先に話してしまったほうがいいだろう。

「……妹のせいで巻き込んでしまって、ごめん」

 レオノールがそう言うと、ラフィーナは一瞬驚いたように目を丸くし、それからふわりと笑った。

「何で謝るの? 悪いのは誘拐してきたアイツらよ。それに、私は助けてもらった側なんだから、むしろお礼を言わなきゃ」

 迷いのない声。

 そこには、わだかまりや嫌悪の気配すらなかった。

 普通ならば、事件に巻き込まれたこと自体を責められてもおかしくはない。

 だが、彼女は一切の恨み言を口にしなかった。

 まるで、すでに過去の出来事として整理がついているかのようだ。

「それよりも、レオフィア様は大丈夫だったの?」

 ラフィーナは手元のカップを指でなぞりながら、少し不安げに問いかけた。

 その仕草が、彼女の気持ちを物語っているようだった。

 レオノールが「大丈夫だ」と短く答えると、彼女の表情はぱっと明るくなり、安心したように息をついた。

「よかった……。でも、本当にすごかったわ!」

 ラフィーナの瞳がぱっと輝く。

 期待に満ちた視線が向けられ、レオノールは思わず視線を逸らした。

「レオフィア様、すっごくかっこよかったわ! 凛としていて、強くて、本当に素敵だった!」

 その言葉に、レオノールは思わず息を呑んだ。

(……それ、オレのことなんだが)

 目の前で妹が絶賛される。それが自分のことだと思うと、妙にこそばゆい気持ちになる。

 褒められることには慣れているはずなのに、この状況ではどう反応していいのか分からない。

 そんな戸惑いをよそに、ラフィーナはさらに熱を込めて語る。

「もう、あの場にいたら誰だってそう思うわよ!レオフィア様が毅然として戦ってくれたから、私たちは助かったんだから!」

 楽しそうに語るラフィーナを見ながら、レオノールは複雑な気持ちを抱えていた。

 確かに、あの場では毅然と振る舞った。

 けれど、それは『レオノール』としてではなく、『レオフィア』としてのものだった。

(オレは、オレを褒められているのか?)

 それとも『レオフィア』としての行動を称賛されているのか?

 分かっているはずなのに、何とも言えない感情が胸に広がる。

「ラフィーナ、そろそろ時間よ!」

 売店のほうから、店員が呼びかける。

 どうやら、休憩時間が終わるらしい。

「あっ、ごめんなさい。そろそろ戻らなきゃ」

 慌てて立ち上がり、スカートの裾を軽く整えるラフィーナ。

 そして最後に、にっこりと微笑んだ。

「今日は楽しかったわ。今度は、よかったらレオフィア様と一緒に来てね!」

 その言葉に、レオノールは一瞬だけ固まる。

 ラフィーナの無邪気な言葉に、何と返せばいいのか分からなかった。

「……ああ」

 結局、曖昧に頷くしかない。

 ラフィーナを見送りながら、小さくため息をついた。

(……レオフィアと一緒に、ね)

 そう言われることは予想していたはずなのに、実際に言われると妙に落ち着かない。

 肩の力を抜いて、手元の果実水を一口すする。

 ほんのり甘酸っぱい風味が口の中に広がり、冷たさが喉を滑り落ちていった。

 気がつけば、噴水の水面がきらきらと陽の光を反射している。

 風が吹き、通りを行き交う人々の笑い声が遠くに響く。

 賑やかな街の風景は変わらない。

 けれど、自分の中に芽生えたざわつきは、すぐには消えそうになかった。

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