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02.憧れの悪役令嬢ですわ

 突然ですが皆さま、あなたがもし異世界恋愛小説や乙女ゲームの世界へ転生し、悪役令嬢になったなら、どうしたいですか? 


 破滅フラグを回避したい? それは当然ですよね。破滅フラグを回避しなければ、たいていの悪役令嬢は不遇な運命を辿る訳ですから。 

 え? そもそもフラグなんてどうでもいいからスローライフを送りたい? なるほど、それもありですね。


 さてさて、そんな人気の乙女ゲームや異世界恋愛小説に沢山触れて来た私ですが、そんな私にもこの度転機が訪れました。今、姿見に映っている姿は黒髪ショートボブな以前の私……ではなく、背中まであでやかに伸びる紫水晶アメジスト色の透き通るような美しい髪と睫毛のカールした煌めく髪色と同色の双眸ひとみ。透明なミルク色の頬っぺをつねると伝わって来る痛みが、これが現在の私の姿でありながら夢ではなく現実であると告げて来るのです。 


 どうやらよわい二十九という三十路直前の年齢にして社畜生活を送っていた私、新垣芽依あらがきめいは、ベストセラーの異世界恋愛小説「ペリドットの鐘は誰が為に鳴る」の悪役令嬢ヴィオラ・クラシエルとして転生してしまったみたいです。 


 一体何が起きたのか? 


 悪役令嬢ヴィオラ・クラシエル、「ペリドットの鐘は誰が為に鳴る」最終巻の中盤、彼女の最期を見届けたところで急激な眩暈と胸痛を覚え、そのまま気を失ってしまったみたい。嗚呼、この日も日付が変わる直前までお仕事していて、この日五本目となるエナドリを決めて、我慢出来ずに最終巻の続きを読み進めていたから無理が祟ったのか。


 夢じゃないとすれば、私はあのまま死んでしまったんだろうか? 皆さん、エナドリは用法容量を守って正しく飲みましょうね。死因が過労による心臓麻痺だなんて、洒落になってない。社畜のまま異世界恋愛小説という趣味のコレクション以外、何も残せていない私の人生って何だったんだろうか? まぁ、考えてもしょうがないか。死ぬ前にヴィオラのラストシーンまで見届ける事が出来たんだ。それで良しとするしかない。


 それに、前向きに考えよう。だって、姿見に映る人物は、間違いなく私の推しだ。頬っぺたに触れてみる。うわぁー艶々でモチモチ。どうやったらこんな透き通るようなミルク色の肌になるんだ? すっぴんでこの美しさって有り得ない。現実世界のお肌カサカサだった私からすると考えられん。彼女の専属侍女であるリンに聞かなきゃだ。


 睫毛も長いし、切れ長の瞳もすっごく綺麗。まるで瞳の中に紫宝石アメジストが入っているみたい。髪もこんっなに長いのに指が通る。あれだ、シャンプーのCMとかで見るやつだ。『紫宝石アメジスト色の髪、纏まる』。ちょっと姿見に顔を近づけてみた。


「……フフフフフ……」


 ヤバイ、自然と笑いがこみ上げて来た。原作で見た事ないヴィオラの表情が見えて、余計変な顔になってしまう。いかんいかん、こんな顔したらヴィオラに失礼だ。軽く両手で頬を叩いて顔を引き締める。……また口角がにやーっと下がる。だめだめ……また引き締める。


 暫くそれを繰り返していると、物音が聞こえたのか、お部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「お嬢様~、ヴィオラお嬢様~。あ、起きていらっしゃったのですね。朝ご飯の準備が出来ております」


 専属侍女のリン。原作でヴィオラ・クラシエルの最期を見届け、最期まで共に過ごした信頼出来る侍女だ。どうやらヴィオラを起こしに来たみたい。いまの私はヴィオラ・クラシエル。


 そう、ワタクシ・・・・は、クラシエル公爵家令嬢、ヴィオラ・クラシエルよ。


「おはようリン、今日もいい天気ね」 


 さようなら、社畜人生。ご機嫌よう、悪役令嬢生活。



 世界が煌びやかだ。天蓋付きのベッドに細かな装飾が施された机と椅子。お部屋も外の廊下も全てが絢爛豪華。流石公爵家のお屋敷は広いし凄い。自室で顔を洗ったあと、支度部屋らしき場所へ移動し、リンに髪を梳いてもらっている私。並んでいるドレスも色とりどりで現実だと一生着る事はないような衣装ばかり。学園には制服を着て登校するから、まだドレスは着ないけど、謝恩祭や社交界の日には、きっとあれを着ていくことになるんだろう。


 あ、そうか。準備しているという事は学園へ行くのか。って、そっか。ヴィオラが生きているって事は、今何年何月何日なんだっけ? 


 今の現状を把握しないといけないのか。


「リン、今日は何年何月何日かしら?」

「ローゼン歴1825年4月1日ですよ、お嬢様」

「そう……え、もう一度いいかしら?」

「1825年4月1日ですよ。お嬢様、どうかされたのですか?」


 ワタクシが聞き返した理由、原作「ペリドットの鐘は誰が為に鳴る」のプロローグはローゼン歴1823年4月7日、王立ペリドット学園高等部の入学式から始まるのだけれど、1825年4月1日という事は、ワタクシ、ヴィオラ・クラシエルは既にこの日から高校三年生という事になるのだ。


 つまりは入学してから二年間、ヴィオラ・クラシエルは思うまま我儘に、悪役令嬢としての名を学園で轟かせていた事となる。


 ヒロインであるヒイロにとって、ヴィオラは彼女が好意を寄せるロイズの許嫁。ヴィオラとも仲良くしようとしていたが、貴族としての所作や知識が不足している点と、必要以上にヴィオラのパーソナルスペースへ入り込もうとする彼女の行動が気に入らなかった。加え、ロイズとヒイロが時に仲良くしている様子に嫉妬の念も抱いていたに違いない。


 既に確執がある状態からのスタート。前途多難である事は間違いないが、まだあと一年・・学園生活が残っている。


 ロイズとの心の距離が一体どれくらいになっているか? 原作での時系列を思い出しつつ探っていくしかないわね。


 原作のヴィオラは卒業式を迎える事無くその短い生涯を終えているが、何者かがクラシエル公爵家に火をつけたのだ日は確か、ローゼン歴1826年2月28日とされていた。そして、恐らくその引き金となる出来事、ワタクシがロイズ・ドミトリーから婚約破棄を言い渡された日。それが、1825年10月10日。学園主催の謝恩祭。原作のゴールは1826年3月25日の卒業式。原作のラストシーンを見る事無く生前の私は死んでしまったが、鐘が鳴るシーンがきっとラストだった筈。


 悪役令嬢を演じつつ、私は確実に来る破滅フラグを回避しなければならない。


 フフフフフ、こんなこともあろうかと、生前準備しておいてよかった。あまりにヴィオラが好きすぎて、彼女がどういう行動をしていたら破滅回避出来たのか? 私だったらどう動いていたか? 生前ノートに書き留めていたのだ。  


 さぁ、私が悪役令嬢になったらやりたい13・・のこと。


 これを実践するときが来ましたわ。


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