ローゼン歴1825年4月1日 私、
校門を潜り抜けるとそこは華やかで煌びやかな貴族学校の世界。ワタクシ、ヴィオラの姿に気づいた生徒達が立ち止まって挨拶をする。教室へ入ると、ヴィオラの取り巻き四人組が待ってましたと言わんばかりに駆け寄り、ワタクシを取り囲む形でカーテシーをする。
「ヴィオラ様、おはようございますぅうう」
「ヴィオラ様、今日も美しい御姿を拝見出来て光栄ですわ」
「ヴィオラ様、今日も
「ヴィオラ様、素敵」
取り巻き四人衆の名前は、右からルビィ、サファイア、マリン、トパーズ。それぞれ髪型や容姿は違えど、名前と同じ髪色をしているので覚えやすい。それにしても、小説でこの朝の挨拶シーンが描かれていたのは二三回程度だったけれど、これ、毎日続くのだろうか? ヴィオラ・クラシエルの影響力とは凄まじい。
「皆様、ご機嫌よう」と挨拶をした後、ワタクシは真っ先に席へついていた彼女の下へと向かいます。ワタクシの姿に気づき、慌てて立ち上がってカーテシーをする女性。この緋色の髪の女性こそ、ワタクシ、ヴィオラの宿敵であるヒイロ・ユア・ラプラス伯爵令嬢だ。
「ヴィ、ヴィオラ様! おはようございます! きょ、今日もいい天気ですね」
「なっ!?」
ま、眩しい。
「ご機嫌よう、ヒイロ。今日も
「え? か、可愛……ええ!?」
私が知る限り、ヴィオラがヒイロを褒めた事など原作で一度もない。だから、このくらいの台詞でヒイロは驚き目を丸くする。そして、自身が褒められた事に気づいた彼女は頬を赤らめる。
「ヴィ、ヴィオラ様も皆さんが憧れる程にとってもお美しいです」
「ふふふ、ワタクシを誰だと思っていますの? それは当然の事でしょう」
「そ、そうですよね。でも、褒めていただき、ありがとうございます」
「そうそう、今日の放課後時間はあるかしら?」
「え、あ、はい」
「一瞬表情が曇ったわね。心配しなくとも、あなたが
「わ、わかりました。時間空けておきます」
そう彼女へ言い残し、自席へと戻るワタクシ。ヒイロとワタクシが会話している様子が余程珍しかったのだろう。取り巻き四人衆だけでなく、他の生徒達も何やら話をしている。試しにヒソヒソ話をしている者へ視線を向けると、慌てて目を逸らしていた。
そして、このあと問題なく学園での時間は流れ、無事放課後を迎える。
ワタクシは彼女を連れ、学園のとある場所へと足を運ぶ。それは、普段授業では使うことのない、調理準備室。既に準備室中央にはテーブルと椅子が二脚用意され、その上には食器にグラス、ナイフとフォークが並んでいた。
「あ、あの……ヴィオラ様、これってどういう?」
「まぁ、そちらへ座りなさい。
「えっと、分かりました」
「時にヒイロ、あなたも今日から三年生。何か思う事はないかしら?」
「あ、ええっと……いやぁ~時が経つのは早いなぁ~とは思います」
「いやぁ~時が経つのは早いなぁ~じゃないわよ? 能天気令嬢か!? って、コホン……ツッコミはさておき、もうあなたも三年生。上級生としての自覚をもう少し持ってもよろしいのではなくて?」
「自覚……ですか。嗚呼、常に明るく元気よく! ですね!」
「そうそう、明るく元気よく……そうね、まぁ、あなたはいつもそうよね」
ヒイロは常に明るく元気よく、ヴィオラは常に気高く美しく。そもそも
「ヒイロ、昨年の謝恩祭での一件、忘れたとは言わせないわよ?」
「えっと……あ」
ワタクシに指摘されてようやく彼女は理解したようだ。去年の謝恩祭での出来事を思い出す。食事中に食器で音を立ててしまったり、謝恩会のダンスの最中に転んでしまった事。王立ペリドット学園の謝恩祭、その祝賀会場には、親である有力貴族や王家の者も出席するのだ。つまりは社交界と同義。本来ミスは許されない。ヒイロは持ち前の明るさでミスをカバーし、ロイズに
「今日から三年生。あなたが立派な淑女になるよう、ワタクシが全力でサポートします」
「え? 本当ですか?」
「その代わり、今日より十月十日の謝恩祭本番までの約半年、ワタクシが社交界で必要なマナーなどを、全てお教えします」
「で、でも! どうして?」
「これまでのワタクシはただ、あなたを叱責していただけだった。でも、それは無意味であると気づいたの。最近のあなたはワタクシの言葉に萎縮していたでしょう?」
「それは……」
ヒイロが言葉に詰まる。この二年という学園生活でヒイロとロイズの距離は少しずつ縮まり、同時にヴィオラとヒイロの関係は悪化していったのだ。今は最悪の事態まで至る一歩手前。ここでヒイロとの関係を修復しておかなければ、ヴィオラは破滅まっしぐら。それに……。
「ヒイロ、ロイズの横に立つに相応しい女性になりたくないの?」
「え? 何をおっしゃって……」
ヴィオラがそんなことを言う筈がないと思っていたヒイロが驚きの表情となる。そりゃあそうだ、自身の婚約者であるロイズを好きになるなど言語道断なのだから。
「あなたは公爵家の嫡男であるロイズの横に立つにはまだまだ未熟だと言っているのよ」
「あの! 待って下さい! ヴィオラ様。ヴィオラ様の婚約者であるロイズ様を好きになる資格なんて有りませんから」
「資格がないなんて、誰が決めたの? 身分差? 好きなら相手から奪う位の威勢を持ちなさい。その代わり、相手を失望させるような行動は取らない。もっと自分に自信が持てるよう、あなたは学ぶ必要があるの。それをわかって?」
「それは分かっています。わたしに足りないものが何かって。ヴィオラ様がそれをよく思っていなかった事も」
「なら、話が早いわ。いいじゃない。ロイズは婚約者ではあるけれど、どこかの国では婚約破棄なんてものも流行っていると聞いたわ。恋愛なんて
「でも、いいのですか? ヴィオラ様の貴重な時間をわたし
「
「は、はい」
身分差。ヒイロは持ち前の明るさで普段はあまり表に出してはいないが、本当は自分に自信がないのだ。学園での成績も中の下。運動も出来る訳ではないし、貴族の所作もからっきし。でも、何にでも優しく、疑う事を知らない
自身の破滅を回避する事が
話が終わるタイミングを見ていたある
尚、異世界恋愛小説好きの私、ある程度の食事の作法や貴族のマナーなどは知っていたんだけど、教えるほど身体に叩きこまれているかは正直不安だったんだ。でも、その心配は杞憂だったみたい。言葉に関してもそうだが、そういった所作一つ一つを再現する度にヴィオラの記憶が自然と呼び起こされ、身体が勝手に動いてしまうのだ。
こうして、ワタクシ、ヴィオラ・クラシエルのヒロインを完璧に仕上げよう大作戦が静かに幕を開けたのだった。
~悪役令嬢になったらやりたい13のこと~
その① ヒロインを全力で応援しよう