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04.その② 婚約者と一旦距離を置こう 

 初日の食事マナーの回は、何度かヒイロが泣き言を言いそうになる場面もあったがなんとか無事 (?)に終了した。


 むしろワタクシの記憶がちゃんとヴィオラの身体に染み付いていてよかった。仕事終わるまで帰れません的な社畜生活しか送っていない前世の私にとって貴族社会なんて無縁の世界。食事のマナーだなんて友人の結婚式くらいでしか扱った事なかったしね。事実、リンとシェフが用意してくれた料理は頬っぺたが何度も落ちそうになるくらい美味しかったです。あんな豪華な料理を毎日食べる事の出来るヴィオラって凄い。


 の独白はこれくらいにして。


 ヒロインを完璧に仕上げよう大作戦は、食事のマナーに留まらない。貴族としての立ち振る舞い、目上の人への気配り、言葉遣い、更には社交界でのマナー、ダンスのたしなみなど多岐に渡る。これから半年間、貴族の令嬢として生きていくために必要な最低限のマナーを中心にヒイロへ伝えようと思っている。


 社畜のわたしにダンスが出来るのか……まぁ、それはおいおい考えるとして。これからやるべきことは山積みなんだけど、当面は憧れのヴィオラの人生を全うしたいと思う、私なのでした。かしこ。



 転生から数日後のお昼休み、カフェテリアで食事をしようと移動していた際、彼がやって来た。


 その金髪蒼顔が眼前を通過するだけで、周囲の空気が変わる。ヒイロを囲む空気はなんだか眩しくて温かく、ほわほわしていたけれど、彼の場合は学園の廊下を歩くだけで爽快な風が吹くのだ。


「ヴィオラ、たまには一緒に食事でもどうだ?」

「あら、あなたからお誘いいただくなんて、珍しいわね」

「嫌なら別に構わんが?」

「いえ、ワタクシもちょうどお話したいと思っていたところよ」


 ドミトリー公爵家嫡男、ロイズ・ドミトリー。彼とは学園のクラスが違うため、ここ数日たまたま・・・・遭遇していなかったが、ロイズとヴィオラは将来を約束されている許嫁同士。互いを意識している時点で学園内で接触する確率も高い。ヴィオラは思い立ったらすぐ行動するタイプなため、城下町でのデートや学園での催しの準備などに、率先してロイズを誘うシーンも多かった。ただ、ヴィオラとヒイロの関係悪化がロイズとの軋轢を生み、結果、原作ではヴィオラが破滅へ向かうきっかけとなってしまった。


 さて、ロイズへ意識を向けてしまうと、その爽やかな眼差し攻撃にやられてしまうため、ふわっふわのたまごサンドやパンプキンスープへ全集中する。公爵令嬢の呼吸――壱の型・食の嗜み。心を落ち着かせて、気分を回復させる効果があるわ。


「ヴィオラ、さっきから笑みが零れているが、嬉しい事でもあったのか?」

「え、いえ。このパンプキンスープが美味しいと思っていただけですわよ?」

「そうか。……そんな表情もするんだな」

「何か言いました?」

「いや、なんでもない」


 最後ロイズの声が小さくなっていたため、聞きそびれてしまいましたわ。モッツァレラチーズ入りの生ハムサラダを口に含みつつ、心を落ち着かせたところでこちらから話題を軽く振ってみる。


「で、誘っていただいたという事は、何か要件がありましたの?」

「その事なんだが……ここ数日、放課後にヒイ……ロ・ユア・ラプラス伯爵令嬢と一緒にどこかへ向かっていただろう? 何をしていたんだ?」

「嗚呼、彼女とはお食事・・・をしていただけですわ」

「食事だって? カフェテリアには向かっていなかっただろう? また伯爵令嬢へ余計な事をして……」 

「ご心配は及びませんわよ? ロイズが思っているような事は一切しておりませんから」


 嗚呼、成程。ロイズが何を思っているのか、大方予想がつきましたわ。ワタクシがヒイロを一人呼び出してしいたげていたのではないかと考えていたのでしょう。先程の彼の言動ではっきりしましたわ。ヒイロはともかく、ロイズは彼女を既に名前・・で呼んでいる。昨年の謝恩祭以降、ワタクシとヒイロの関係が悪化していたのならば当然の結果ですわね。今から軌道修正が可能か、色々試行錯誤するしかありませんわね。


 ロイズからの追及を軽く受け流し、ワタクシは席を立とうとしますが、彼に引き留められますわ。まだ話は終わっていないようで。


「食後の紅茶くらい、ゆっくり飲んでいったらいいだろう?」

「いいえ。婚約者を疑う相手とご一緒したくはありませんわ」

「待て。元はと言えば、ヴィオラがクラスで彼女を除け者にしているという噂があっての事だぞ?」

「彼女がそう感じていたのなら謝りますわ。ご心配には及びません。ワタクシは今後、彼女を全力でサポートする側に回りますので」

「サポート? 何の話だ?」

「ですので、ワタクシは忙しくしておりますのでロイズとは暫く距離を置きたいと考えておりますわ。では、失礼致します」

「おいおい、待ってくれ」


 彼へ敬意を示すカーテシーをした後、引き留める彼を置いて、ワタクシは颯爽と席を立つ。今はこれでいいのです。ワタクシはワタクシの思うまま、今から準備させていただきますわ。


 そもそも原作のヴィオラとロイズは距離が近すぎたのだ。ヴィオラは常に自身が一番でないと許せない行動派タイプだったため、ロイズを振り回す場面もしばしばあった。そもそもヒイロをプロデュースするまでの時間も限られており、この一ヶ月、ロイズに構っている暇はないのだ。まぁ、ロイズと至近距離でデートをするためには、もう少しイケメンの耐性・・をつけてからじゃないと、私の身がもたないとも言えるのだけれど。


 ちなみにこの日の放課後、ロイズは少し話をするためかヒイロを誘おうとしたみたいだけれど、彼女のスケジュールは完全にワタクシが管理しているため、ヒイロはロイズの誘いを断ったみたいね。ロイズからすれば、今まで女の子に続けて誘いを拒否された経験なんてないでしょうから、さぞ驚いた事でしょう。大丈夫よ、ロイズ。あなたを嫌いになった訳ではないの。


 私……いや、ワタクシはワタクシ自身だけでなく、ロイズやヒイロ、みんなに幸せになってもらいたいだけなのよ。


 卒業式の日、ペリドットの鐘の音を自身で聞くまで、ワタクシは絶対死なないわ。




~悪役令嬢になったらやりたい13のこと~


その② 婚約者と距離を置こう 


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