初日の印象は、大人しそうで地味なメガネっ子。話してみたら意外としっかりしていて、でもちょっと天然入ってる感じとか?
長めのショートボブ。黒縁眼鏡。身長は160センチちょっとくらい。トレーナーを着ていてもわかるくらい細身で、女性職員たちと混ざっていても違和感がないくらい男としての存在感がない。
声は少し高め。見上げられた時、一瞬だが動揺してしまった。眼鏡でカモフラージュされているが、瞳が大きく睫毛が長いことも最近知った。
(今までに会ったことないタイプの子だな。なんかこう、頭撫でたくなる衝動が····って、小動物じゃないんだから本気でやったらさすがに引かれるって)
いや、五歳も年下なわけだから、それくらいは許されるか? 小学生だったら一年生と六年生くらい違うし、中学生と高校生くらい違うわけで。
(いやいや現実を見ろ。成人男性が成人男性の頭を撫でるとか、図的におかしいだろ。キモイだろ。一歩間違えたらセクハラ扱いされてもおかしくない。セクハラに男女は関係ないし。相談員がセクハラとか大問題だろ)
どうして脳内がこんなことになっているかといえば、もちろんそうなった原因が存在する。入園式の前の、ある出来事が大きな要因だった。
四月中旬。入園式前日。職員たちは昨日から式典の準備に追われていた。椅子を並べたり幕を張ったり、リボンを作ったり、リストや段取りを確認したりととにかく忙しかった。そんな中、ちょっとしたハプニングが起こったのだ。
園長に頼まれた用事を済ませて入り口のあたりを通りかかった時、照明を交換しようとしている東雲くんの姿が目に入った。用務員の関口さんは用事があって急遽休みだったこともあり、自分でやろうと思ったのかもしれない。
脚立に乗り、慣れない手つきで天井の照明と悪戦苦闘している姿を放っておくわけにもいかず、仕方なく声をかけたのだ。
「大丈夫? 俺がやろうか?」
脚立に乗っても微妙に届くか届かないかという位置。関口さんだったらちょうど良い高さでも東雲くんだとやはり難しそうに見える。あのひとは意外と体格も良く背も高いので、問題なく作業ができていたのだろう。同じくらいの身長の俺ならその脚立で届く高さだった。
「すみません。お願いしてもいいですか?」
「全然いいよ。あ、足下気を付けて?」
俺は腕を伸ばして、脚立から降りてきた東雲くんの身体を支えようとしたんだけど····。
「わっ⁉」
「あぶな······っ」
最後の一段で足を滑らせたのか、脚立から手が離れて後ろに体重がかかる。その華奢な身体が俺の腕の中にすっぽりと受け止められ、後ろから抱きとめるような態勢になってしまったのだ。
ふわりと鼻のあたりをくすぐった柔らかい髪の毛から香るシャンプーの匂いに、思わず心臓がドキッとしてしまう。
(ちょっ······これどういう状況⁉ ドキッてなに⁉ 相手は男だぞ!)
確かに軽いし、細いし、いい香りするし、なんか可愛いとか思ってしまったけど、相手は男! 現在彼女は不在だが、実際問題として女性に不自由はしていない。
それなのになんで?
なんでこんなに心臓がうるさいんだ⁉
「す、すみません! 水瀬さん、お怪我は⁉」
「だ、大丈夫。東雲くんは平気?」
「はい、水瀬さんのおかげでなんともありません。ないんですけど、その····もう、大丈夫なので、ええっと······、」
首を回して俺を見上げてくる東雲くんは、どこか戸惑ったような表情を浮かべていた。耳や頬が少し赤くなっていて、なんだか可愛らしいな。
東雲くんは他の女性職員さんとも仲が良くて、彼女たちにとっては癒しらしい。誰かが言っていた『うさぎ先生は可愛いくて癒されるんですよね~』という言葉の真意を思い知る。
うさぎ先生、というのは子どもたちの間で呼ばれてるようで、それが定着して職員たちもそう呼んでいるらしい。確かに兎っぽいかも。もぞもぞと腕の中で居心地悪そうにしているところとか。色白な肌とか
「あの、その····ひとが来たら恥ずかしいので、」
「ああ、そっか、ごめんね?」
そうだよな。普通に考えて男同士でこんなことしてたら、白い目で見られるに決まってるのに。配慮が足りなかったようだ。職場での噂ってあることないこと尾ひれがついてややこしくなっていくんだよな。経験済みだからわかる。
「こちらこそ、助けていただき本当にありがとうございました」
言って、見上げてきた東雲くんの柔らかいふわふわした笑顔。そんな彼の不思議な魅力に、俺は心を奪われてしまったのかもしれない。
(なんであんなに可愛いんだ? 反則だろう、あんなの。男とか女とか関係なく、東雲くんはめちゃくちゃ可愛い。ってか、なにこの浮ついた気持ち····俺、大丈夫か?)
入園式が終わって数日後、園は毎日賑やかしい。職員室にいるのに動物園かと思うくらい声が途切れず、俺の中ではもはやBGMと化している。パソコンで事務作業をしながら、園長たちの話を聞き流し、ふられればにこやかに答えるを繰り返す。
(仕事は特別難しくもないから
まさか、二十八歳にして男に目覚めてしまったのか? いや、俺は間違いなく女の子が好きだ。柔らかい肌が好きだ。エッチも好きだ。好き? 好きってなんだ? ちょっと待て。俺が好きなのは女の子の身体ってこと?
(つまりはどういう·····?)
パソコンの画面に"ある文字"をふたつ打った。
『恋』という文字は『変』という文字に似ている····って、だからなに⁉
(えっと、ちょっと待って。わからん。俺は変なのか? これは恋?)
え? 恋ってなに?
五歳年下の、しかも同性に恋したってこと⁉
俺が?
(··········仕事しよう)
気付けば、一日が終わっていた······。