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第五話 追憶 ※海璃視点



 昔から、大切なものを作るのが苦手だった。


 大切なものへの執着で、子どもながらに"異常"だと感じていたからだ。一度執着してしまえば、抑えられなくなる。失うのが壊れるのが奪われるのが心配で、誰の目にも触れさせないように隠す。


 それは、自分でも怖くなるほどの強い想い。


 だから、大切なものをつくるのを止めた。基本的に無関心でいること。なにに対しても興味を抱かないこと。少しでもそんな感情が生まれたら、見ないようにして、近づかないようにして、触らないようにした。


「なあ白兎はくと、今日は俺たちと遊ぼうぜ?」


「そうそう。たまにはいいじゃん。ってか、なんで女子とばっかり遊んで、俺たちとは全然遊んでくれないんだ?」


「本当は女子だからなんじゃねぇの?」


「たしかに~。弱そうだし? すぐ泣くし?」


 やっぱりあいつらか。


 放課後。授業が終わった直後に、白兎はくとがあいつらに連れて行かれたことを別のクラスの女子たちが教えてくれて、学校中を捜して走り回っていた俺の視界に飛び込んできた光景。校舎の二階の窓の外から見えたそれ・・に呆れる。


 幼稚園の時から少しも学習しない、馬鹿な奴ら。

 人気の少ない体育館裏で、四人で寄ってたかってひとりを囲むとか、最悪だろ。


(小三になっても変わらない····いつまで同じことしてんだよ)


 俺がいないところで、ああいう風に白兎はくとを揶揄っているのは知ってた。白兎はくとはなにも言わないけど、もう何度も同じ目に遭っているのだろう。なにか言っても長引くだけと、諦めてああやって俯いている様は、彼なりの防衛手段なのかもしれない。


 早く行って白兎はくとを守らなきゃ、と思った俺が窓から離れようとした矢先、聞き慣れた声が響く。


「悪いが、ハクは私と帰る約束をしている。勝手に連れて行かれては困るんだけど?」


 もうひとりの幼馴染である千景ちかげ みやびだ。相変わらず抑揚のない声。無表情な彼女にはなんともいえない独特の圧があり、奴らは思わず後退る。


「なんだよ、千景ちかげ


「連れて行くとか、俺たちが悪いみたいじゃん? ちょっと遊んでただけだよな、白兎はくと?」


 言って、ひとりがみやびの後ろにいる白兎はくとの肩に手を置いた。白兎はくとは否定も肯定もせず、俯いていた。なにか言えばまた蒸し返されるとわかっているから、沈黙を選んだのだろう。


「やめろ。ハク、行こう?」


「雅ちゃん····ごめんね、」


 出遅れた俺は、ふたりが四人を無視してその場から去って行くのを見守った後、体育館裏へと向かう。もう二度と同じことはさせない。俺の大切なもの。お前らなんかに触らせない。


「なんだよ、感じわりぃな。今度はあいつ、やっちゃうか?」


「へぇ。それはいいな。俺も混ぜてくれよ?」


「げっ⁉ 海璃かいり!」


 四人が四人ともお化けでも見るような怯えた眼で俺を見て、さっと顔色を変えた。


「はは。冗談に決まってんじゃん」


『なんだよ、感じわりぃな。今度はあいつ、やっちゃうか?』


「お前、まさか····っ」


 俺はスマホ片手に小さく笑みを浮かべる。嘲笑にも似たそれは、奴らを黙らせるにはじゅうぶんだったろう。うちの学校はスマホの持ち込みが許可されている。授業中にいじったりしないよう放課後まで先生に預けるのだが、すでに返してもらっているので今は手の中にあった。


 みんながみんな持っているわけではないが、うちの親は過保護なので常にGPSで見守られている。おかげで役に立った。


「俺、前に言ったよね? お前らはひとの言葉を理解できないお馬鹿さんなのかな? それとも本気で俺を怒らせたいの?」


「····それ、どうするつもりだ?」


「そんなの、わかってるくせに」


 俺は弁解も聞かずにクラス共有のSNSに送信した。先生も親も目にする連絡用のSNS。まあこの短い動画くらいで、実際イジメをしていたかどうかの証拠にはならないだろうけど、奴らに対しての罰にはなっただろう。


「お前!」


「マズイよ、どうするっ⁉」


「俺なんかにかまってないで、うまい言い訳でも考えてれば?」


 小三の子どもが今の状況で良い言い訳を思い付くかと言われれば、無理だろう。容赦ない俺のやり方に、四人ともさっき以上に真っ青な顔をしていた。顔を見合わせて「おぼえてろよ!」と捨て台詞を吐き、あいつらはこの場から逃げ去った。


(まあ、ここで逃げたところで意味ないけどね)


 もう爆弾は投下されているのだから。


 四人は後日、担任に呼び出され、あの動画についてあれこれ聞かれたようだ。担任は担任で事を大きくはしなくなかったのだろう。厳重注意だけでそれ以上のお咎めはなかった。しかしクラス中が知ることとなり、あいつらが大人しくなったのも事実。


 数日後。


「お前がやったんだろう?」


 放課後の教室で、雅が唐突に問いかけてきた。


「だったらなんだよ。お前が先に出て行ったせいで、あいつらに無駄に目を付けられたくせに。今は同じクラスだからいいけど、先のことは知らないからな、」


「大きなお世話だ」


 可愛くない。

 雅はふんと横を向く。


「お前、ハクが好きなのか?」


「····なんでそんなこと訊くんだよ」


 俺は内心動揺しまくっていたが、それを隠すように目を逸らした。


「心配だからに決まってるだろう。海璃かいり、お前がハクを泣かせないか。私は時々、お前がものすごく怖いと思う時がある。だから、これは忠告」


 俺が怖い、ね。

 まあ、わからなくないけど。


「もしハクを泣かせるようなことをしたら、私は絶対に許さないからな」


「なんで俺がそんなことするんだよ」


 俺が白兎はくとを泣かせる?

 どうやったらそんな発想が出てくるんだ?


 雅はそれだけ言うとさっさと教室から出て行った。ひとり残された俺は、首を傾げたまま、その言葉の意味を知ろうともしなかった。




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