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第3話 脱出劇

 裏口の衛兵が松明の光を揺らし、遠くの森から不気味な唸り声が聞こえた。屋敷の裏門の陰に身を潜めたカメリアは、初めて耳にする魔獣の地を這うような鳴き声に震え上がった。樹々の枝が、ガサっと揺れた。


「サラ、あれはなに?なにの鳴き声なの?」

「あれはオウルベアです。頭がフクロウの熊です」

「なにそれ!怖い!」


 カメリアはトランクを抱えて震えあがった。


「カメリア様、オウルベアなんて可愛いものです。山の峠にはもっと恐ろしい魔獣がたくさんいますよ?」

「そうなのね」

「それでも、行かれるんですか?」


 カメリアはトランクをギュッと抱き締めて、行くわ!、と声を大にした。しっ!衛兵が彼女たちへと向き直ったので、二人は積み上げられたワイン樽に隠れた。雲が月を覆い隠し、薄暗くなった裏庭は、アランを待つカメリアとサラにとっては丁度良かった。衛兵たちの交代の時間が近づく。カメリアの懐中時計は午後九時五十分をさしていた。微かに馬の鼻息と蹄の音が聞こえる。


(・・・・アッ!)


 シイノキの下で馬を引くアランの影に、衛兵の松明が近づいた。サラはトランクをカメリアに手渡すと、屋敷の奥で鉢植えをわざと落とし、衛兵の注意を引いた。衛兵たちは皆、その音がする方角へと駆け寄った。


「カメリア様!行きますよ!」

「う・・うん!」


 カメリアとサラは、アランが待つシイノキの林へと一目散に走った。ブーツを踏み締める音に、カメリアの胸は緊張と期待で高鳴った。


「カメリア様、馬は大丈夫なんですか?」

「大丈夫!お父様に教えて頂いたから、これでも乗馬は得意なの!」


 アランは素早い動きで彼女たちを馬の鞍に乗せ、その尻を軽く叩いた。四頭の馬はゆっくりと芝生を踏み締め、薄紅色の薔薇園のアーチをくぐり抜けた。


(これで藤くんに会える!)


 カメリアたちは、賑やかな晩餐会が繰り広げられているバルコニーを横目に、身を屈めて進んだ。馬のいななきや蹄の音は、管弦楽団の演奏がかき消した。


「上手くいきそうね」

「そうですね」

「お嬢様、気を抜いちゃいけませんですぜ」


 薔薇園を抜け、屋敷の敷地から出ようとしたその時、数人の衛兵たちとかちあってしまった。どうしよう、捕まっちゃう、カメリアが顔色を変えると、サラは馬から飛び降り、ポケットから青い石を取り出した。サラの青い石は、伯爵家の地下室にサラの母親が隠していた物だ。彼女は石畳に円陣を描きルーン文字を書き込むと、その中心に立ち呪文を唱え始めた。サラは震える指で青い石を握り叫んだ。


「我が母の名のもとに風よ出よ!」


 サラは属性魔法の使い手だった。サラが両腕を天に向けると風の渦が衛兵たちを巻き込んだ。ところが、数人の衛兵が風の渦に耐えこちらに向かって来た。サラは青い石を握り直し、風の力を増した。衛兵たちは石畳に転がり呻き声を漏らした。サラは幼い頃、母親から密かにルーン魔法を学んだ。あの日、カメリアを守ると誓ったからだ。


 カメリアはその勇ましい後ろ姿に、えーすごーい、と小さく拍手した。そこで、屋敷の外での騒動に気付いた給仕が叫び声を上げた。


「ああっ!旦那様!カメリアお嬢様が!」


 管弦楽団の演奏が途切れ、貴族たちは席を立った。バルコニーから父親が、カメリア、戻れ!と叫んだが、声は怒りに震えていた。衛兵に、娘を今すぐ連れ戻せ!と命じた。


「見つかっちゃったわね!」


 父親の叫び声に、カメリアは一瞬、胸がチクッとした。


(ごめんなさい、お父様)

「これは逃げるしかないですな!」


 アランが、はいやっ、と声を掛けると馬たちは一斉に駆け出した。ワンピースの裾が翻る。カメリアはプラチナブロンドの髪をたなびかせ、屋敷からまだ見ぬ世界へと飛び出した。ネックレスの赤い貴石が光を帯び、馬の蹄の音が藤 剣士へと導いているようだった。

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