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闇令嬢、憧れの魔法騎士になる~家の恥だと言われたので、飛び出して自分の力で生きていきます~
闇令嬢、憧れの魔法騎士になる~家の恥だと言われたので、飛び出して自分の力で生きていきます~
厳座励主(ごんざれす)
異世界恋愛ロマファン
2025年06月17日
公開日
4.6万字
連載中
この国では、扱える魔法の色によって、個人の価値が決まる。 もっとも尊ばれるのは『赤』――炎や雷などの自然魔法を扱い、国の守り手である魔法騎士に必須とされる色。 貴族の令嬢リシェルは幼い頃から騎士に憧れ、魔法の才能に夢を抱いていた。 けれど魔法色判定の日、彼女に与えられた色は、人々から忌み嫌われる『黒』だった。 「黒なんて、呪いと死を呼ぶ色よ!」 「うちの家名に泥を塗った恥さらしが……!」 家の中で人目に晒されぬよう幽閉され、生涯を閉じるだけの運命。 だが、絶望の淵にいた彼女の前に現れたのは、自らを『闇の精霊』と名乗る黒いモフモフの獣。 「お前の魔法は、世界にたったひとつの“闇”だ」 その言葉を聞いてリシェルは思う。 夢を諦めるのは、まだ早い。 実家を飛び出し、名前も身分も偽って、リシェルは騎士団試験に挑む。 誰にも言えない闇の力を手にして。

第1話 その日、私は『黒』と呼ばれた

 カツ、カツ――。


 遠ざかる軍靴の音が、風に乗って届いてくる。

 窓辺に肘をつき、私はゆっくりと視線を落とした。

 大通りを進んでいくのは、この国が誇る魔法騎士団。

 その先頭には、紅蓮の外套を翻した団長がいて、金属製の槍に太陽の魔紋が光っていた。


「はぁー……すっごいなぁ……」


 馬上の騎士たちはみんな真っ直ぐ前を見ていた。

 誇り高く、強く、揺るがぬ意志をまとっている。

 彼らがその身に宿しているのは“赤”の魔法。

 火や雷といった自然魔法を操る、勇者の色。


 あんな風になれたら――なんて、夢見たって仕方ないのよね。

 口にして、ふっと笑った。

 冷めた笑みだった。


「リシェル、また外を見ているの? 陽に焼けてしまうわよ」


 振り返ると、母が立っていた。

 今日も完璧な巻き髪に、花の刺繍が入った淡いドレス。

 声も仕草も優雅だけど、その目は少しも笑っていない。


「ごめんなさい。すぐ下がります」


 私は窓から離れて、手を組んだ。

 母はそれだけで満足したように微笑み、小さく頷いた。


「お客様が来ているの。なるべく上品に、笑顔でね?」


「はい。分かっています」


 これが貴族の娘としての私の日常だ。

 上品に、穏やかに、美しく。

 家の名誉を損なわぬように。

 魔法騎士への憧れなんて、婚約話や社交の予定帳には載っていない。


 それでも、希望は捨てられない

 この国では、十五歳になると“魔法色”の判定を受ける。

 どの色の魔法が自分に宿っているのか。

 それは、その人の一生を決めると言っても過言じゃない。


 もしも私が赤を得られたなら。

 あるいは青や白でも、努力すれば騎士への道は残る。

 貴族うんぬんの前に、そもそも女の私が……という問題はあるにしろ、望みはゼロじゃない……はず。

 だから私は、今日まで夢を諦めなかった。


 ……でも。

 その最後の望みすら、簡単に打ち砕かれるなんて。




------




 煌びやかな判定式の会場は、まるで舞踏会みたいだった。

 ドレス姿の少女たちと、燕尾服の少年たちが順番に壇上へ上がっていく。

 透明な魔法球に触れると、本人の魔力が色となって発現する。


「判定結果……赤色」


「やった、やったわ! 見て、リシェル!」


 隣で飛び跳ねていたのは、幼なじみのレイラ。

 彼女の手元には赤い光が踊っていた。

 熱を帯びた輝き。

 誰もが欲しがる、理想の魔法色。


「……すごいわ、レイラ」


 心からそう思った。

 そしてほんの少し、羨ましかった。

 次は私の番だ。


 壇上に上がり、透明な球体にそっと手を置く。

 ぴたりと空気が止まるのを感じた。


「カルティ家令嬢、リシェル・カルティ。判定を始めます」


 魔力を流す。

 手のひらから、心臓の奥から。

 何も起こらないような静寂ののち、淡く球体が色づいた。

 けれどそれは――


「……黒、です」


 一瞬、意味がわからなかった。

 ざわと、空間全体が揺れたように感じた。


「黒……? いま、黒って……」


「まさか……あ、あれ、呪いの色じゃ……?」


「えっ、黒って本当にあるの? 初めて見た……」


「嘘でしょ。貴族の令嬢なのに!」


 言葉が、視線が、まるで刃のように飛んできた。

 会場にいた人たちは一様に、私を異物でも見るような目で見つめていた。


 赤いドレスの令嬢が、数歩後ずさる。

 見栄えのいい少年が、あからさまに顔をしかめて私を指差した。


「黒なんて……呪術師の色だろ。気味悪ぃ……」


「うちの子と関わらせたくないわね……!」


「カルティ家も落ちたものね」


 耐えられなかった。

 私は球体からそっと手を離した。


 確かに、そこには黒があった。

 深淵のような底なしの暗闇が、ゆらりと揺れていた。

 これが私の中にある魔力の色。


 足が震えた。

 視界がにじむ。


「リシェル……!」


 母の声だった。

 でも、いつものような穏やかさは欠片もなくて、凍りついたような叫びだった。

 その瞳はまるで化け物でも見るように、私を拒絶していた。


「どうして……どうしてなの……?」


 ひとつひとつの言葉が、私の胸に突き刺さる。


「もういい! 帰らせてもらう!」


 怒号と飛ばしたのは父だった。

 いつも冷静で感情を出さない人なのに、明らかに眉が引きつっていた。


「こっちに来るんだ! ……失礼する!」


「いっ……!」


 父の手が、容赦なく私の腕を掴んだ。

 爪が食い込むほど強くて、私は思わず顔をしかめる。


「これ以上、無様な姿を見せるな……カルティ家の名を、貶めるつもりか」


 何も言い返せなかった。

 言葉が、喉に詰まって出てこなかった。

 だって私、ほんの少しでも期待していたのに。

 せめて、両親だけはって。


 終わった。

 夢は、終わったんだ。

 私は、魔法騎士になんてなれない。


 それどころか貴族の娘として、誇り高く生きることも。

 結婚して、社交界を歩む未来も。


 黒なんて。

 この国では、最も忌まれる色。

 呪い、死、災い。

 そんなものが、この私に?


 目の前が暗くなった。

 それは錯覚じゃない。

 ほんとうに、何かが……私を包み込むように、覆っていた。

 暗い、重い、冷たい。

 目の前が真っ暗になって、私は意識を手放した。


 こうして、リシェル・カルティという令嬢の人生は幕を閉じた。


 でも――私の物語は、まだ始まったばかりだった。


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