錠の音がするたびに、私は息をひそめる。
扉の向こうで足音が止まり、がちゃりと皿が置かれる音。
足音の主は、何も言わずに去っていく。
「毎日、これだけだもんなあ」
豪奢だったはずのこの部屋も、今ではただの見せない檻。
誰にも会わず、外にも出られず、ただ食べて、寝て、生きているだけ。
いや、私は今、生きていると言えるのだろうか。
窓はあるけれど、外は見えない。
板で外から封じられているうえに、内部には鉄格子が張られ、開かないようになっている。
私はもう、貴族の令嬢じゃない。
最初は泣いた。
どうしてって。
なんで私だけって。
けれど泣いても何も変わらないことを、すぐに学んだ。
両親は私を避け、名前さえ呼ばなくなった。
唯一、召使いのマリーが優しい眼差しを向けてくれたけれど、それも数日だけだった。
黒の令嬢に情をかければ、自分も品性を疑われる。
この国では、そういうもの。
「……ほんと、つまんないわ」
私はベッドに寝転がり、天井を見上げた。
あの日見た騎士たちの背中が、今もまぶたに焼きついている。
憧れだった。
どんなに遠くても、いつかはって。
でもそんな夢、叶うはずもなかった。
ねえ、神様。
私が何をしたっていうの?
誰にも聞こえない声を、心の奥に閉じ込める。
――そのときだった。
部屋の中に、黒い霧が立ちのぼった。
「……え?」
何かの魔法だろうか。
でも、誰が?
立ち上がろうとした瞬間、霧の中から何かが現れた。
もふっ。
「――ひゃっ!?」
反射的に叫び声が漏れた。
そこにいたのは、真っ黒な毛玉……いや、毛玉というには大きすぎる。
狼のようなフォルムに、銀色に光る瞳。
私は一歩、後ずさる。
体が震えて止まらない。
どうしよう、逃げ場なんてないのに。
すると、そいつはふっと笑った。
「ようやく気づいたな。……まったく、手間をかけさせやがって」
「え……?」
獣が、しゃべった。
声は低く、けれどどこか懐かしい響き。
私は思わず口を開けたまま、言葉を探す。
「あ、あなた……なに?」
「なにって、精霊だよ。闇の精霊、ノクスウェル・デュフォン・ジ・イグザレルミグル様だ」
「長い!」
思わず突っ込んでいた。
目の前の黒いモフモフは、誇らしげにしっぽを揺らしている。
「覚えられそうにないんだけど……ノ、ノクスでいい?」
「ふん、勝手に略しやがって。まあいい。オレ様の偉大さを、お前ごときが理解できるはずもない」
見た目はふわふわ、なのに中身は完全にオレ様系。
なんだこれ。
夢でも見てるの?
完全に外見は獣なのに、不思議と怖くはなかった。
この部屋に閉じ込められて以来、誰かとこんな風に会話したのは初めてだったから。
「お前の魔法な。黒じゃねぇから」
唐突に発されたノクスの言葉に、私は眉をひそめた。
「で、でもあの時、確かに水晶は真っ黒に――って、そもそも何であなたが知ってるのよ」
混乱した頭のまま問いかけると、ノクスは「あー」と間の抜けた声を漏らし、もふっとした前足で耳を掻きながら視線を泳がせた。
「……何となく?」
「ぜったい嘘!」
勢いよくツッコむと、ノクスはくるりと背を向け、大げさにしっぽをバサバサと揺らした。
「あーもう、鬱陶しい鬱陶しい。そんなことはどうでもいいんだよ。
それより大事なのは、お前の魔法は黒じゃなくて