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第2話 闇よりの使者……はオレ様系モフモフでした

 錠の音がするたびに、私は息をひそめる。

 扉の向こうで足音が止まり、がちゃりと皿が置かれる音。

 足音の主は、何も言わずに去っていく。


「毎日、これだけだもんなあ」


 豪奢だったはずのこの部屋も、今ではただの見せない檻。

 誰にも会わず、外にも出られず、ただ食べて、寝て、生きているだけ。

 いや、私は今、生きていると言えるのだろうか。


 窓はあるけれど、外は見えない。

 板で外から封じられているうえに、内部には鉄格子が張られ、開かないようになっている。

 私はもう、貴族の令嬢じゃない。

 と呼ばれた、ただの厄介者。


 最初は泣いた。

 どうしてって。

 なんで私だけって。

 けれど泣いても何も変わらないことを、すぐに学んだ。


 両親は私を避け、名前さえ呼ばなくなった。

 唯一、召使いのマリーが優しい眼差しを向けてくれたけれど、それも数日だけだった。


 黒の令嬢に情をかければ、自分も品性を疑われる。

 この国では、そういうもの。


「……ほんと、つまんないわ」


 私はベッドに寝転がり、天井を見上げた。

 あの日見た騎士たちの背中が、今もまぶたに焼きついている。

 憧れだった。

 どんなに遠くても、いつかはって。

 でもそんな夢、叶うはずもなかった。


 ねえ、神様。

 私が何をしたっていうの?

 誰にも聞こえない声を、心の奥に閉じ込める。


 ――そのときだった。

 部屋の中に、黒い霧が立ちのぼった。


「……え?」


 何かの魔法だろうか。

 でも、誰が?

 立ち上がろうとした瞬間、霧の中から何かが現れた。


 もふっ。


「――ひゃっ!?」


 反射的に叫び声が漏れた。

 そこにいたのは、真っ黒な毛玉……いや、毛玉というには大きすぎる。

 狼のようなフォルムに、銀色に光る瞳。


 私は一歩、後ずさる。

 体が震えて止まらない。

 どうしよう、逃げ場なんてないのに。


 すると、そいつはふっと笑った。


「ようやく気づいたな。……まったく、手間をかけさせやがって」


「え……?」


 獣が、しゃべった。

 声は低く、けれどどこか懐かしい響き。

 私は思わず口を開けたまま、言葉を探す。


「あ、あなた……なに?」


「なにって、精霊だよ。闇の精霊、ノクスウェル・デュフォン・ジ・イグザレルミグル様だ」


「長い!」


 思わず突っ込んでいた。

 目の前の黒いモフモフは、誇らしげにしっぽを揺らしている。


「覚えられそうにないんだけど……ノ、ノクスでいい?」


「ふん、勝手に略しやがって。まあいい。オレ様の偉大さを、お前ごときが理解できるはずもない」


 見た目はふわふわ、なのに中身は完全にオレ様系。

 なんだこれ。

 夢でも見てるの?


 完全に外見は獣なのに、不思議と怖くはなかった。

 この部屋に閉じ込められて以来、誰かとこんな風に会話したのは初めてだったから。


「お前の魔法な。黒じゃねぇから」


 唐突に発されたノクスの言葉に、私は眉をひそめた。


「で、でもあの時、確かに水晶は真っ黒に――って、そもそも何であなたが知ってるのよ」


 混乱した頭のまま問いかけると、ノクスは「あー」と間の抜けた声を漏らし、もふっとした前足で耳を掻きながら視線を泳がせた。


「……何となく?」


「ぜったい嘘!」


 勢いよくツッコむと、ノクスはくるりと背を向け、大げさにしっぽをバサバサと揺らした。


「あーもう、鬱陶しい鬱陶しい。そんなことはどうでもいいんだよ。

 それより大事なのは、お前の魔法は黒じゃなくてだってことだ」


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