砂漠の真ん中で、感情のない冷たい視線と目が合った。
相手はコブトリドラゴン。やばい、完全に狙われている。
私は反射的に走り出した。
重い砂を蹴って、もつれる足で必死に逃げる。
熱い? 足の火傷? そんなの気にしてる余裕ない!
でも、アリシアの体のおかげか、体が軽い。
ふと後ろを見ると、ドラゴンはまだ岩の上でのそのそ降りてる。よし、逃げ切れる……わけなかった。
砂が「ボフッ」と盛り上がり、もう一匹が目の前から這い出してきた。
右に逃げた。いた。左に行った。いた。
囲まれてる!? やばい、やばい、これ死ぬやつじゃん!
ゲームの中でも数が多かったな、コブトリドラゴン……。って、思い出してる場合か!
今の私は武器も持ってない。魔法も使えない。
そもそもこの世界では魔法に「魔石」が必要だったはず。もちろんそんなもの持ってない。
どうする?どうする私!?
コブトリドラゴンたちは牙を剥いて、じわじわと迫ってくる。
砂が音を立てて飛び散り、背中には冷や汗が伝う。
「ザシュッ!」
突然、風を切る音。
後ろから飛び込んできた黒い影が、私の前のドラゴンの首を短剣で掻っ切った。
砂漠に血が飛び散る。ひと振り、ふた振り――あっという間に3匹が倒された。
「後ろだ、気をつけろ!」
男の声。と同時に、背後から気配が!
私はとっさに右手を突き出した。
「来るなああああっ!!」
その瞬間、手のひらから火の玉が出現した。
ボッ、と音を立てて空間を焼き、火球はまっすぐ敵へ――。
ドオオンッ!!!
激しい爆発。砂嵐と熱風。スカートがふわりとめくれ上がり、私は慌てて裾を押さえた。
(……え? 今の私が出したの?)
焼け焦げたコブトリドラゴンが、煙を上げて転がっていた。
「……何これ!? なに今の!?」
自分の手を見つめた。そこには、細くて柔らかそうな、白い指があるだけ。
いやいや、このお手て、そんな火力あるの!?
そのとき、足元からゾワリとくる感覚が駆け上がった。
「え……?」
もわもわと紫色のもやが足の間から立ち上っている。魔力、だ。
体の内側から沸き上がる、うねるような熱と力。これ、知ってる。ゲームでも見た。強力な魔法の演出。
「……マジで!? 魔石も詠唱もなしで撃てた!?」
そうか、これが私のチートか! 無詠唱・無媒介で魔法発動!
「よっしゃあ! 異世界転生なら、こうでなくっちゃ!」
私最強、私無敵。
何もチート能力を持たせずに異世界転生なんて、ないよね!
アイスクリームの乗ってないクリームソーダほど、ありえない!
「すごいな、あんた」
声がした。
黒髪ショートのイケメンが、軽装の布を風に揺らしながらこちらを見ていた。
大事なことなのでもう一度言うけど、イケメンである。
彼は水の入った皮袋を投げてよこした。
私はキャッチして、涼やかな笑みを浮かべる。
「いただくわ」
一口飲んだだけで、体中に水が染み渡る。甘い、尊い、命の味。
夢中でゴクゴク飲み干した。
イケメンが苦笑しながら聞いてきた。
「一つ聞いていい? なんで……パンツ履いてないの?」
『見られたあああああ!?』
私は鬼の形相で右手を突き出す。
「その記憶、今すぐ消しなさい! でないと焼き払うわよ!」
「おっと、勘弁してくれ」
両手を挙げて笑う彼の顔が、ちょっとムカつくくらい余裕たっぷりだ。
「王都帰りに偶然見かけて、まさかと思ったら……あんた、追放された令嬢だろ?」
「って、見てただけ!? ドラゴン出た時点で助けてよ!」
「急いださ。でもさ、貴族のお嬢様が立ち向かうとは思わなかった。見直したよ」
私はぷいっと顔を背けて腕組みをする。
「褒められても、うれしくないし……」
彼は私の姿をじっと見て、顎に手を当てて考えるような顔をした。
「名前は……アリシア・アズウォーターで間違いないか?」
「そうよ」
「よかった。やっと見つけた」
「私を……探してたの?」
「ある人物から依頼されたんだ。あんたを連れてこいってな」
言葉の端から滲む真剣さ。私は少し警戒しつつ、距離を詰める。
「ねえ、ここはどこ?」
「ツクヨミ砂漠。王都の西だ。……追放されて、三日が経ってる」
「え? 半日くらいの感覚だったけど……」
「人間、限界を越えると時間感覚も狂うんだな」
そっか。本物のアリシアは、三日も生き延びた末に、ここで死んだ。
だから私が転生した。彼女の体を借りて、今ここにいる。
『マーサを止めて……』
夢の中で、彼女はそう言っていた。
きっと、それがこの世界で私がやるべきことなんだ。
(やるわよ、アリシア。あなたの人生、私が引き継ぐから)
そう心に誓った瞬間――
「それでさ、アリシア」
「ん?」
「コブトリドラゴン以外に何か『大変な目』にあったりしなかったか?」
「砂漠の熱さで死にかけた以外はないけど?どうして?」
「……そうか、ならいい」
「なによ? 言いなさい」
ラグは少し困った顔をして、言いづらそうに口を開いた。
「えーと、なんだ。……俺は貴族はよく知らんが、やっぱり下着は身につけないとかそういう文化なのか? 初めて知ったが、貴族ってやつは豪快だな」
そう言うと、ラグは「あっははは」とわざとらしく笑った。
ん?待って。思わずスカートを押さえてしまった。
ほっとした顔をする彼。でも、視線がどうしてもスカートに行く。
「これは、そ、そう! 単なる事故よ事故!」
ラグの頬が赤い。
こっちも顔が熱くなってくる。やめて、意識したらもっと恥ずかしくなる!
彼が話題を変えるように口笛を吹いた。
その音に応えるように、遠くから砂煙が近づいてくる。
「えっ……なに?」
あっという間に、彼の横で止まるそれは――
でっかいうさぎだった。