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第2話 逃げろ!コブトリドラゴンに初魔法

 砂漠の真ん中で、感情のない冷たい視線と目が合った。

 相手はコブトリドラゴン。やばい、完全に狙われている。


 私は反射的に走り出した。

 重い砂を蹴って、もつれる足で必死に逃げる。

 熱い? 足の火傷? そんなの気にしてる余裕ない!


 でも、アリシアの体のおかげか、体が軽い。


 ふと後ろを見ると、ドラゴンはまだ岩の上でのそのそ降りてる。よし、逃げ切れる……わけなかった。


 砂が「ボフッ」と盛り上がり、もう一匹が目の前から這い出してきた。

 右に逃げた。いた。左に行った。いた。

 囲まれてる!? やばい、やばい、これ死ぬやつじゃん!


 ゲームの中でも数が多かったな、コブトリドラゴン……。って、思い出してる場合か!


 今の私は武器も持ってない。魔法も使えない。

 そもそもこの世界では魔法に「魔石」が必要だったはず。もちろんそんなもの持ってない。


 どうする?どうする私!?

 コブトリドラゴンたちは牙を剥いて、じわじわと迫ってくる。

 砂が音を立てて飛び散り、背中には冷や汗が伝う。


「ザシュッ!」


 突然、風を切る音。

 後ろから飛び込んできた黒い影が、私の前のドラゴンの首を短剣で掻っ切った。

 砂漠に血が飛び散る。ひと振り、ふた振り――あっという間に3匹が倒された。


「後ろだ、気をつけろ!」


 男の声。と同時に、背後から気配が!


 私はとっさに右手を突き出した。


「来るなああああっ!!」


 その瞬間、手のひらから火の玉が出現した。

 ボッ、と音を立てて空間を焼き、火球はまっすぐ敵へ――。


 ドオオンッ!!!


 激しい爆発。砂嵐と熱風。スカートがふわりとめくれ上がり、私は慌てて裾を押さえた。


(……え? 今の私が出したの?)


 焼け焦げたコブトリドラゴンが、煙を上げて転がっていた。


「……何これ!? なに今の!?」


 自分の手を見つめた。そこには、細くて柔らかそうな、白い指があるだけ。

 いやいや、このお手て、そんな火力あるの!?


 そのとき、足元からゾワリとくる感覚が駆け上がった。


「え……?」


 もわもわと紫色のもやが足の間から立ち上っている。魔力、だ。

 体の内側から沸き上がる、うねるような熱と力。これ、知ってる。ゲームでも見た。強力な魔法の演出。


「……マジで!? 魔石も詠唱もなしで撃てた!?」


 そうか、これが私のチートか! 無詠唱・無媒介で魔法発動!


「よっしゃあ! 異世界転生なら、こうでなくっちゃ!」


 私最強、私無敵。

 何もチート能力を持たせずに異世界転生なんて、ないよね!

 アイスクリームの乗ってないクリームソーダほど、ありえない!



「すごいな、あんた」


 声がした。


 黒髪ショートのイケメンが、軽装の布を風に揺らしながらこちらを見ていた。

 大事なことなのでもう一度言うけど、イケメンである。


 彼は水の入った皮袋を投げてよこした。

 私はキャッチして、涼やかな笑みを浮かべる。


「いただくわ」


 一口飲んだだけで、体中に水が染み渡る。甘い、尊い、命の味。

 夢中でゴクゴク飲み干した。


 イケメンが苦笑しながら聞いてきた。


「一つ聞いていい? なんで……パンツ履いてないの?」


『見られたあああああ!?』


 私は鬼の形相で右手を突き出す。


「その記憶、今すぐ消しなさい! でないと焼き払うわよ!」


「おっと、勘弁してくれ」


 両手を挙げて笑う彼の顔が、ちょっとムカつくくらい余裕たっぷりだ。


「王都帰りに偶然見かけて、まさかと思ったら……あんた、追放された令嬢だろ?」


「って、見てただけ!? ドラゴン出た時点で助けてよ!」


「急いださ。でもさ、貴族のお嬢様が立ち向かうとは思わなかった。見直したよ」


 私はぷいっと顔を背けて腕組みをする。


「褒められても、うれしくないし……」


 彼は私の姿をじっと見て、顎に手を当てて考えるような顔をした。


「名前は……アリシア・アズウォーターで間違いないか?」


「そうよ」


「よかった。やっと見つけた」


「私を……探してたの?」


「ある人物から依頼されたんだ。あんたを連れてこいってな」


 言葉の端から滲む真剣さ。私は少し警戒しつつ、距離を詰める。


「ねえ、ここはどこ?」


「ツクヨミ砂漠。王都の西だ。……追放されて、三日が経ってる」


「え? 半日くらいの感覚だったけど……」


「人間、限界を越えると時間感覚も狂うんだな」


 そっか。本物のアリシアは、三日も生き延びた末に、ここで死んだ。

 だから私が転生した。彼女の体を借りて、今ここにいる。


『マーサを止めて……』


 夢の中で、彼女はそう言っていた。

 きっと、それがこの世界で私がやるべきことなんだ。


(やるわよ、アリシア。あなたの人生、私が引き継ぐから)


 そう心に誓った瞬間――


「それでさ、アリシア」


「ん?」


「コブトリドラゴン以外に何か『大変な目』にあったりしなかったか?」


「砂漠の熱さで死にかけた以外はないけど?どうして?」


「……そうか、ならいい」


「なによ? 言いなさい」


 ラグは少し困った顔をして、言いづらそうに口を開いた。


「えーと、なんだ。……俺は貴族はよく知らんが、やっぱり下着は身につけないとかそういう文化なのか? 初めて知ったが、貴族ってやつは豪快だな」


 そう言うと、ラグは「あっははは」とわざとらしく笑った。


 ん?待って。思わずスカートを押さえてしまった。


 ほっとした顔をする彼。でも、視線がどうしてもスカートに行く。


「これは、そ、そう! 単なる事故よ事故!」


 ラグの頬が赤い。

 こっちも顔が熱くなってくる。やめて、意識したらもっと恥ずかしくなる!


 彼が話題を変えるように口笛を吹いた。

 その音に応えるように、遠くから砂煙が近づいてくる。


「えっ……なに?」


 あっという間に、彼の横で止まるそれは――


 でっかいうさぎだった。


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