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第4話 囚われの悪役令嬢

 薄暗い岩山の奥深く、人がやっと立てるほどの狭い穴の中に私はいる。冷たい石の壁が私を取り囲み、視線の先には錆びついた鉄格子が、外界への道を閉ざしていた。

 はい、こういう作りの部屋を普通なんて言うんだっけ?


 牢屋だよ……。


 むう……少し前まで、私は荒野を砂うさぎと駆け、風を切ってラグと笑い合っていた。あの自由な時間は、幻だったのか?

 まさか数時間後には、こんな鉄の檻に放り込まれるなんて、夢にも思わなかった。


「あー!信じた私がバカだった!」


 ラグと砂漠の民の集落に到着してさ、広場で砂うさぎから降りた瞬間だよ、いきなり後ろからロープで手やら体をぐるぐる巻きにされて、牢屋にポイですよ?


 私をぐるぐる巻きにしたハゲヒゲマッチョのおっさんの肩に担がれたときにラグと目があったんだ。あいつ手を合わせて「ごめん」のポーズを取っていたけど絶妙許さねえ。


 とはいえ、全身を縛られ、身動きひとつ取れないミノムシ状態では、どんなに息巻いても無力だ。


 一応、これでも貴族の御令嬢なんだが? 扱いが雑すぎやしないか。

 外はすっかり闇に包まれ、牢屋の横に突き刺された松明がパチパチと不規則な音を立てる。その頼りない光が揺れるたび、自分の影が歪んで伸び、孤独感をいや増す。乾いた土の匂いが鼻につき、ひゅう、と喉の奥から寂しさが込み上げた。

 気がつけば、じわりと目頭が熱くなる。鼻の奥がツンとして、今にも水が溢れそうだ。


「これから私、どうなっちゃうんだろう……」


 ぐ、と鼻を啜りあげた、その時だった。土を踏みしめる鈍い足音が、暗闇から近づいてきた。


「こちらのお嬢はんで、間違いおまへんか?」

「ああ、さっきラグが連れてきた」


 男のヒソヒソ声が聞こえる。顔を上げると、二人の男がいた。

 一人は私をミノムシにしたハゲヒゲマッチョだ。もう一人の若い男は……あれ? あの顔見覚えがあるぞ。

 あのニヤけた細目と、銀色のロングボブを後ろで結んだ髪型。耳に付いてるブラックオニキスのピアス……。


 あー! 思い出した! こいつ『プリンス・オブ・ハート』ゲーム内の3番目の攻略男子! 大商人の『ヤシマ・ターカー』だ! ヤシマの馬車は黄金に光ってるとか、注文されたら宮殿だって持ってくるとか、まことしやかに噂されている人間オンラインショップだ。

 やあ、影薄かったからすっかり忘れてたよ。でもこの世界ではどうなんだろう。ヤシマもマーサへの好感度は100%いってるはずだし、アリシアへはどう出てくるのか、ちょっと不安。


「おおっと、なにしてくれてまんねん! このお嬢さんは奴隷やあらしまへんで? もしかしたらビンセント家に入るかもしれん方や言うてるのに、なんでこんな仕打ちになるんですやろな! あっ! あちち!」


 ヤシマは私を見るなり、持っていた松明を床に落とすほど動揺しまくった。細い目が泳ぎ脂汗が滲んでいる。


「商人が探しているっていうから、てっきり奴隷かと思ったぜ。……それに暴れるかもしれないからよぉ」


「そんな乱暴にされたら、そら誰でも暴れまっせ。はよ縄解いて! ちゃんとご挨拶せなあきまへんやろ!」


 私はうんうんと頷いた。……あれ? 今ビンセント家に入るとかさらっと不穏な事言ってなかった?


ハゲヒゲマッチョは頭を掻いて、牢屋の扉を開けた。

 私のロープをほどき始めると、ヤシマが膝をついて謝罪した。


「ほんまに申し訳おまへん……本来やったら絹の座布団に金の茶菓子でお迎えせなアカンお方なんですけど、どないな手違いか、こんなことになってもうて……」


 私は立ち上がると、んー! と伸びをした。


「そこのハゲヒゲマッチョの謝罪はないのかなぁー?」


 ハゲヒゲマッチョをじろりと睨む。


「す……すまねえ」


「は? 聞こえませんよぉー」


 耳に手をかざして、首を傾ける。


「わんもあぷりーず!」


「も、申し訳ありませんでしたぁー!」

 ハゲヒゲマッチョは汗だくになってプルプル震えると、鼓膜が破れるかと思うほどの大声で謝罪をした。綺麗に90度の角度で最敬礼のお辞儀をする。耳がキンキンする。


 ふむ、暴れるのは勘弁しといてやろう。

 私はハゲヒゲマッチョのほっぺをぺちぺちと叩いた。


「もう一人いるよねぇ。私に謝らないといけない奴が……」


「あ! は、はい! 連れて参ります!」


 ハゲヒゲマッチョが慌てて走って行ってしまう。ヤシマと私だけが残された。

 私は指をポキポキ鳴らしながら、ラグの到着を待つ。


 松明の火がパチパチと音を立てて、影だけが揺れている。


 静かだ……誰も来ない。


「……おーい? ラグ?」


「ここにいるぜ」


 ふいに真後ろから声がして、ビックリした猫みたいに飛び上がった。

 振り向いたら、いつの間にかラグが後ろに立っていた。


 全く気が付かなかった。ゾッと背中に冷たいものが走る。


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