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第5話 行くよ!海商国ビンセント!

 ラグは私の後ろに立っていた。全く気が付かなかった。


「あ、あんた! よくも騙したわね!」

「騙しちゃいないぜ?」

 ラグは悪びれもせずに肩をすくめた。


「……俺も驚いている。すまん、謝る。俺の役目はお前を探して連れてくるまでだったんだ。俺がいない間に勝手に話が進んじまったみたいでな」


「だったら、縛られている時に助けてくれればよかったじゃない!」

「族長の目があるところでそれは出来ない……」


 ヤシマの細い目が光った。

「まさかとは思いまっけど……夜の闇に紛れてコッソリ逃がしたろとか、企んでたんちゃいますやろな?」

「本当にすまん」

 ヤシマを無視してラグが頭を下げる。

 私はため息を吐いた。

「外には出られたんだし、もういいわ」

 こんなに素直に謝るとは思わなかったので、とんだ肩透かしだ。


「それよりも、うさぎよ! うさぎ!」

「うさぎは今は休んでいるから、明日な」

「必ずよ! 必ず合わせなさい!」


『グギャルルル……』


 緊張が解けたとたん、盛大にお腹が鳴った。


「腹の中にワイバーンでも飼ってるの?」


 イラッときて、ラグの脚に思いっき蹴りを入れた。


「いってえ!」


 大袈裟に脚を押さえるラグ。今のはわざと避けなかったろ、お前。


「とにかく、ご無事でなによりですわ。粗末なもんですが、お食事もご用意してまっせ。お腹、空いてますやろ?」


 ヤシマがそっと割りこんできた。そうだ、ヤシマにも聞きたい事がある、ゴチになろうじゃない!


 ヤシマの大きなテントの中央には大きな丸テーブルが置いてあり、よくわからん肉で作った料理によくわからん野菜や果物が盛り付けられていた。 


 丸テーブルに私がつくと、ラグが私の横に、ヤシマが向いに座る。


 とにかく、お腹が空いていたのでソースのたっぷりかかった肉の塊に齧り付いた。

 ん?おいしい!肉汁と甘辛いソースが舌の上で絶妙なハーモニーを奏でている。


「いや〜ええ食べっぷりや!お腹空いてたら怒る気もなくなってまいますやろ? 空腹は最大の敵でっせ」


 ワイングラスを取ると、――多分ワインだよなこれ? 一口飲んだ。あ!ワインよりちょっとだけ甘味がある。うまい!


「ところでさ」


 一息ついたところで顔を上げてヤシマを見た。ヤシマは私を見てニッコリ笑っている。


「さっきさ、ビンセント家に入るとか言ってたけど、どういう意味? ていうか。ビンセント家って何?」


「海商国ビンセントゆうんが、この砂漠の南東、ルスタニアの南にありましてな。まあ国ゆうても、交易で成り上がった港町商人の連合体みたいなもんです。わても貿易でよう通わせてもろてますねん」


「ビンセント家って、その国の貴族かなにか?」


「貴族というか、商人ギルドの総元締めの名家に近いですかなあ。そのビンセント家の御曹司はんがな、ルスタニアの舞踏会に招かれた時にアリシアはんに一目惚れしてしもて」


「あー……そういう展開ね」


「はいな。アリシアはんはルスタニア王国の立派な貴族はんやさかい、今までは手ぇ出せへんかったんですわ」


「で、追放されたのをチャンスと見て、私を探してビンセントに連れてこいと?」


「さっすが、お話が早いこっちゃな。まさにその通りでして。アリシアはんにとっても、決して悪い話やないと思いますで?」


「なるほど……」


 ちらっと横にいるラグを見た、ラグは椅子に深く座って腕を組んでブスっとしている。

 海商国ビンセントはゲーム『プリンス・オブ・ハート』の中で名前だけ出てくる国だ。ルスタニア王国の隣にあり国交もあるが、仲はあまり良い方ではない。


「こないしてお話しとる感じやと、アリシアはんはルスタニアよりビンセントの水が性に合う気ぃしまっけどなあ」


 今の私には何もない、後ろ盾どころかお金も家もほんっっとうに清々しいほど、何も持ってない。スカンピンだ。アリシアの復権のためなら、ビンセントの御曹司に会うのも悪くないのかもしれないな。


「わかったわ、行きましょう!」


 横のラグがギョッとして私を見た。

「判断が早いのは結構なこってすわ! 明日にでも旅支度をしましょか」

 ヤシマは揉手をして席から立とうとした。


「たーだーしー!」


「?」


「その御曹司にはお会いします。ですが、お付き合いをするかはお会いしてから決めます!」


「あー、そないでっか……」


 今、ほんのちょっとだけ、眉を寄せて「まずいな」という顔をしたのを見逃さないよ! 私は。

 実際。この話はアリシアの復権とルスタニアへの牽制にもなる、願ってもない好条件の話なのだけど。上手い話ほど何かあるのよ。知ってる。元社会人を舐めちゃいけない。


「俺も行くぜ……」

 突然ラグが手を挙げた。私もヤシマもびっくりして聞いた。

「なんで!?」「なんやて!?」 


「アリシア一人だと何をされるかわからないからな。えー、アレだ。護衛で付いていく。構わないだろ?」


「構いまへんけどな。付いて行ってもお給金とか出まへんで?」


「それで構わない。決まりだな」


「変わったお人やなあ」


「これで話は終わりね。……所でここシャワー……じゃない、体を洗う場所はないの?」


「ああ、それなら温泉山がある」


「温泉! 案内しなさい! すぐに!」

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