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パタリと腕が自分の腹の上に、力無く倒れた。
掴んでいた写真は指から離れて、ベッドの上で横になっている体の横にヒラリと落ちた。写真はあとで拾えばいい。
『さて……。まずは家の中を探すか』
幽体離脱とは違う……と、思う。霊的なものではなく、
カンの良い人がいるように、それを解明できない能力かと勝手に解釈している。
使った事のない
現に母親にこの特技の話をしても、気味が悪いと言われた。悲しかったのを覚えている。
子供の頃に、友達が失くした物を特技で見つけた時には犯人にされてしまったことがあった。たまたま見つけたことにして誤解は解けたが、それ以来は誰にも言わず隠していた。
だが人生どうなるかは分からない。その
リビング、キッチン、寝室。ぬいぐるみを探す。ウサギのぬいぐるみ。
『ん? 無いようだな。次に行くか』
写真から、ゆいなちゃんの行動の記憶が感じられて映像となって観えてくる。
次は公園か。
お手伝いさんと一緒に来た公園。滑り台で遊んだり、ブランコに乗ったり、砂場でお山を作って遊んだのだな。
公園で遊んでいた時はお手伝いさんに、ウサギのぬいぐるみを持っていてもらったのだな。――ここで失くしたのではない。
まだ小さいから、一人で歩いてどこかに行くことはないだろうし……。と、なると。
どこで失くしたのだろう?
ん? またどこかへ移動した?
ゆいなちゃんの唇が、動くのが見えた。場所が変わった。ここは?
『ママ!』
ママ? 母親に会ったのか?
母親に抱き着くゆいなちゃんと、走りだしたゆいなちゃんに追いつけなかったお手伝いさんが見えた。
ピアノ教室用のお稽古バックを持っているという事は偶然、母親に会ったみたいだな。母親はびっくりしているようだし、あまり嬉しそうじゃないみたいだ。
何かお手伝いさんと母親が話している。
『仕事がまだあるから、少しだけなら家に来ていいわ』
母親がゆいなちゃんに話しかけて、喜んでいるゆいなちゃんが見えた。
ほんの三十分位だろうか? 母親のマンションの部屋から出てきた三人の姿が確認できた。
離婚して母親は別に暮らしているらしい。
まだ幼いゆいなちゃんは、まだ一緒に居たいみたいだが我慢してるみたいだ。だけどもう無理だと言って、お手伝いさんに連れられて帰った
まさか母親と会っていたなんて。田所さんは半年位、会っていないと言っていたはずだ。田所さんは知らなかった? 取り合えず……自分の体へ戻ろう。
そして話を聞かなくてはいけない。
ふと暗闇から光を感じて意識が浮上する。例えるのが難しい、この重力に引かれる様な、気持ち悪さ。
「戻ったか」
自分の存在を確かめるように、ぼそりと声に出してみた。手を動かして、指を閉じたり開いたりしてみる。大丈夫だ。
はぁ……とため息をついて起き上がると、ギシリと古いベッドが軋んで音をたてた。
一度端に座り、顔面を両手で覆った。
「まいったな」と、吐き捨てるように言った。
「ズミ……終わった。ヤバい……。水をくれ」
扉に寄りかかるように部屋から出て、ズミに助けを求めた。いつもの事だが
ずるずると床に座り込んで、持ってきてくれた水を飲み干した。
「はあ……」
心配そうにズミは、俺の顔を覗きこんできた。
「顔色悪いよ? 大丈夫?」
声を出すのもつらいので、コクンと頷いてみせた。
「ほら掴まって。ソファーまで行くよ」
そう言い俺の腕を掴み、ズミの肩に腕をまわしてソファーまで運んでくれた。
ドカッとソファーに座って体を沈ませた。
「ご苦労様」
ポンと肩を叩かれて、目の前に熱いコーヒーの入ったカップが置かれた。
「ありがとう」
しばらく動けるまで座っていた。
その後、ズミに田所さんへ連絡してもらって、週末に会う約束をした。
週末。約束していた時間に田所親子は事務所に来てくれた。
ズミが田所さんにお茶を淹れてテーブルに置いた。ゆいなちゃんには、飲み物は何が飲みたいか聞いていた。オレンジジュースが飲みたいと言ったので、ズミはストロー付きのコップに入れてゆいなちゃんに渡してあげた。
「ありがとう。お姉ちゃん!」
「うふふ。ゆいなちゃんはプリンは好き?」
女の子? 二人で微笑ましい会話をしていた。気が合うようだ。
「さっそくですが田所さん、ウサギのぬいぐるみがあるだろう場所が分かりました」
俺は世間話抜きで話を始めた。
「え? もう見つけたのですか?」
驚くのは無理もない。人を雇って探させても見つからなかったのだから。
「あくまで、確立の高い場所です。そこは俺では入れない場所なので、田所さんとゆいなちゃんと行かれて探してください。きっと見つかると思いますよ」
俺は確信をもって田所さんに伝えた。
「それはどこですか?」
あ、少し疑っているな。俺は真っすぐに田所さんの目を見て話をした。
「元奥様の所です」
ガチャ! 田所さんは、ズミが淹れてくれたお茶をこぼした。
「あっ、すみません……!」
動揺しているのか視線がキョロキョロとして落ち着かない。
どうしていいか分からないようで田所さんは慌てている。つかさずズミが、拭くものを持ってきて綺麗に片付けた。
「大丈夫ですよ」
ズミが笑顔で言うとホッとしたのか田所さんも笑顔になった。
ゆいなちゃんはキッチンの椅子に座って、プリンを食べていたのがここ事務所から見えた。
「いや……。元妻とは半年に一度、私と一緒に三人で食事会をする約束で……」
表情が険しくなって俺に言った。まだ疑っているようだ。しかし、俺は見てきた。机の上に手を組んで田所さんをもう一度しっかりと見た。
「お疑いなら、お手伝いさんに聞いてみてください」
あえて俺はゆいなちゃんにではなく、お手伝いさんに聞けと言ってみた。ゆいなちゃんに聞いてみれば、攻めるように聞くだろう。
それにゆいなちゃんが誤魔化す可能性を考えて、雇い主に嘘をつけないお手伝いさんに聞けと言った。
そう。お手伝いさんは、母親に会えないゆいなちゃんを不憫に思って黙っていたと思う。
偶然に会えた母との時間。
「ちょっと、電話をかけてもいいですか?」
田所さんが立ち上がり携帯電話を取り出した。外に行こうとしたので声をかけた。
「ここで電話をかけてもいいですよ」
話しかけると田所さんは窓側に移動して少し距離を取って電話をかけた。
ゆいなちゃんはキッチンで、ズミと何か楽しくプリンを食べながら話をしていた。
田所さんは頷きながら電話を切った。
「――間違いないようです。お手伝いさんが正直に話をしてくれました」
田所さんは少し怒ったような表情をしていた。
……あまりよろしくない感じだな。携帯電話をポケットに入れてゆいなちゃんを探すように部屋の中を見ていた。
キッチンでズミと楽しく話しているゆいなちゃんを見つけると大声で呼んだ。
「ゆいな、ちょっと来なさい!」
ビクッ! と体を縮こませて泣きそうな顔をしたゆいなちゃんがいた。
「はい……」
速足で田所さん……、父親の所に来たゆいなちゃん。下を向いて父親の顔を見てなかった。
俺とズミが二人を心配げにみていたが田所さんはゆいなちゃんを立ったまま数秒間、見下ろしていた。
「ママと会ってたんだってな? 田中さんに聞いたぞ」
田中さんという人はたぶんお手伝いさんだろう。
ギュッと手をきつく握っているゆいなちゃん。ズミはハラハラと二人を見ていた。
「ママと会うのはパパと一緒の時だけってお話したよな? ゆいな」
ゆいなちゃんは両手を包むように握りだした。父親を怖がっているが下を向いてまだ父親を見ていなかった。
「ゆいな!」
何も言わないゆいなちゃんに声を荒げた。
ズミが近づいて田所さんに何か口を挟もうとしたので、手で前を塞いだ。
「とめないで……「なんで、ママにあっちゃいけないのぉ!!」」
ズミが俺に文句を言おうとしたら、ゆいなちゃんが父親に大声で言った。
「ゆいな、……」
田所さんの右手がゆいなちゃんの肩に触れようとした時、ゆいなちゃんはキッと父親を睨んだ。そしてボロボロと目から大きな涙がこぼれた。
「ママにあいたい……」
ぐすぐすとゆいなちゃんは泣き出してしまった。田所さんはハッとしてゆいなちゃんの側にしゃがんでぎこちなく頭を撫でた。
「パパぁ……」
俺とズミはどうしていいか分からず二人を凝視していた。
田所さんは、泣き止まないゆいなちゃんを抱っこして家に帰っていった。
しばらくして、田所さんから母親の住んでいる家からウサギのぬいぐるみが見つかったと連絡がきた。
偶然に会った母親とのふれあい。ゆいなちゃんはまたママに会いたくて、母親のベットの下に隠してきたそうだ。
田所さんとゆいなちゃんが事務所にお礼を言いにやってきた。
ちょっとバツが悪そうに田所さんは話をしてくれた。
「私と妻は酷い喧嘩をして別れた。お互いに憎みあっていたのでもう会いたくなかったが、ゆいなの為、仕方なく半年に一度会うという約束事をした」
ゆいなちゃんはまたズミとキッチンで何かお菓子を食べながら楽しそうに話をしている。チラと田所さんはゆいなちゃんを見て言った。
「だが、ゆいなにとっては妻は母親だ。私たちのくだらない喧嘩の為に寂しい思いをさせていた」
田所さんはズミが淹れたお茶をゴクゴクと飲み干した。テーブルに湯のみを置いて俺に言う。
「あの後、ゆいなを連れて妻の所へ行きました。ちゃんと謝罪をして」
照れ隠しに田所さんは首を触った。
「ええ。私が悪かったのです。妻もゆいなも仕事の忙しさを理由に自分勝手な事をしてたのですから」
そう言って田所さんはゆいなちゃんの方を見た。
「もっと母親と会う時間を増やしました」
泣いていたゆいなちゃんを見て、どうして接していいか分からなかった父親が気持ちを変えた。
トコトコとゆいなちゃんがキッチンから俺の方へ歩いてきた。
「おじちゃん。このこ、うさちゃん。……ありがとう」
そう言って照れて父親に抱きついた。だいぶ父親との触れ合いに慣れたようだ。父親の方もゆいなちゃんを膝に乗せて頭を撫でた。
おじちゃんと言われたのは不本意だが、ゆいなちゃんから見れば仕方が無い。可愛いから許す。
「じゃあねぇ! ズミお姉ちゃんとおじちゃん!」
ゆいなちゃんは父親に抱っこされながら帰っていった。ぬいぐるみが見つかって良かった。
「持ち主、ゆいなちゃんが隠したとはね……」
ゆいなちゃんと田所さんの姿が見えなくなった時、ズミが言った。俺はズミの肩に手を置いて歩き出した。
「そういう時もあるさ。事務所に戻ろうか、ズミ」
「はーい」
今回は無事に失せ物が見つかって、親子関係も良くなった。なかなか無い、良い結末だ。
こんな依頼ばかりだと、いい。
「あー、ゆいなちゃん可愛いかった!」
ズミとゆいなちゃんはずいぶん気が合っていたようだった。珍しい。
「そうだな」
確かに可愛い子だった。父親も目に入れても痛くないだろう。可愛い盛りを見逃さなくて良かったと思う。
「何~? 素直に言うなんて怖い怖い」
ズミがふざけて言ってきた。自分の腕を俺の肩に乗せた。二人で肩を組んだ。
「……寂しいか?」
ふと思い、聞いた。依頼主は依頼が終わるとほとんどの人はまた会わない。あんなに懐いてくれた、ゆいなちゃんと会えなくなるのは寂しいのだろう。
「そう、だね」
ズミは顔を横に向けた。顔を見ると少し目が潤んでいた。いつも元気なズミが元気ないのは困る。
「あ……っと。そういえば田所さんに最終報告書を渡さなければいけなかった。俺は用事があるからズミが行ってくれないか?」
我ながらへたくそな演技だったがまあいいだろう。
ズミはこちらに顔を向けて笑った。
「ありがとう! 今日の料理はお肉にする!? それとも魚がいい?」
腕を離して小躍りしているズミ。よほど嬉しいようだ。
「まあ、俺はどっちでもいいけどな」
わざと素っ気なく言って、先に事務所に入った。
「素直じゃない」
そんなズミの声が聞こえてきた。
■最終報告書■
依頼のウサギのぬいぐるみ 発見。無事依頼人の手に戻る。
END