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№2 「飼い猫を探せ」

第3話 「飼い猫を探せ」①




 「ロクな依頼しか来ないな」

俺はソファーに深く座って、テーブルへ足を乗せていた。助手のズミは今、出かけている。ケータイをテーブルに置いて、ぬるくなったコーヒーの入ったカップを手に取った。ズミが出かける前に淹れてくれたコーヒー。だいぶ時間が経って冷めてしまった。

 それでも口寂しさに飲んでみた。

「にが……」

 口に含むと苦かった。


 ふと見ると、書類の束がテーブルから落ちそうになっている。書類整理は苦手だ。ズミが帰ってきたらまた怒られそうだ。視界に見えたタバコの箱を手に取ろうとしてやめた。室内で吸うとズミに叱られる。お客さんが入らないベランダで吸えと約束された。

 「いまどき、室内禁煙が普通です! お客さん、来なくなりますよ!」と脅された。

俺が雇い主のはずなのに、いつの間にか主導権を握られている。


 「ただいま! 依頼を受けてきたよ!」

いきなりドアが、バン! と開いた。ズミが帰って来た。今日の服装は、きれいめファッション。透け感のあるブラウスに、なんていうのか知らないけどスカート。化粧はいつもよりは控えめでお嬢様風に見える。……嫌いじゃない。

 「は? 依頼?」

 いつもならメルアドに依頼がきて、内容を確かめてから依頼を受ける。調べてからでないと、危険なことに巻き込まれる懸念があるからだ。それなのに相談なしで受けてきただと?

 「そう、依頼」

ズミは買い物をしてきたらしく、たくさんの買い物袋を向かい側のソファーへ置いた。


 「ショップで知り合った、お金持ちの奥様のが行方不明なんですって!」

 両手を組んで首を可愛らしく傾げた。

 「……報酬が良いんだな?」

ズミはキラキラした瞳をして頷いた。ズミの交友関係は広い。いつの間にか仲良くなったり、気に入られたりする特技がある。俺にはない特技だ。

 「そうなの! さっそく明日からお仕事しましょ?」

「……」

 まあ、お金持ちの奥様ならば報酬を張り倒すことなんてないだろう。

 「わかった。やろう」

仕方がない。報酬が良いなら飼い猫の捜索もやってやるよ。危なくなさそうだしな。


 「しかし、たくさん買ったな? 何を買ったんだ?」

俺はズミがお嬢様風の服から着替えて、戻って来た時に話しかけた。一人でよく持ってきたと思った。

 「服とコスメ! これでまた、変装の幅が広がったよ」

ズミはウインクして俺に返事をした。そう。ズミは変装が得意だ。尾行など、ズミは誰よりも上手で変装で誰にでもなれる……とは、言いすぎだな。

 「今日はたまたま、ショップで隣り合った奥様とお話したら気が合って」

ズミは楽しそうだ。しかしショップで隣り合って仲良くなるなんて、すごい。

 「明日、奥様の家へ招待されたからの服装をしてね」

「うん……。えっ? 招待って、……。はあ?!」


 ズミに髪の毛から靴までトータルコーディネートされて、「仲良くなった奥様」の招待されたお宅まで車で出かけた。

 「ほら! キチンとすればカッコいいのに!」

普段は清潔ならばいい程度に整えているだけだが、ズミが髪の毛から爪の先まで綺麗にしてくれたおかげで高級住宅街へ入っても怪しまれなかった。

 ここは海外みたいな高級住宅街。セキュリティがしっかりしていて住人か、招待された人以外は厳重に調べられる。

 「ああ。中川様のお客様ですね。伺っております。どうぞお通りください」

 重いゲートが開いて中へ入ると、別世界。広い敷地の中に数軒の豪邸があるらしい。事前に調べたら、限られた人のみの高級住宅街だった。そんな人物と知り合いになれるズミはすごい。


 3DLKなどの一軒家とは違い、部屋が何部屋もある豪邸。そこへ俺達は招待された。

「お待ちしておりました。狗鷲いぬわし様、稲積 いねずみ様」

中川家の敷地へ入り、広い庭を車で走っていくと正面玄関へ着いた。メイド服を着たお手伝いさんが、入り口から出てきて案内してくれた。

 もう感想は、豪華! しか言えない。

 「いらっしゃい。稲積さん」

高級そうな家具の並んだ応接間に、奥様は優雅にソファーへ座っていた。

 「お招きいただきまして、ありがとうございます。こちらがお話しした、狗鷲いぬわし探偵事務所の狗鷲さんです。私も昔、お世話になりましたの」

 ズミが俺を紹介してくれたので挨拶をする。

 「どうも初めまして。狗鷲探偵事務所の狗鷲と申します。名刺をどうぞ」

お辞儀をして名刺を中川の奥様へ渡した。不躾ではない程度に目線で、名刺と俺の全身を観察された。


 「歓迎しますわ。狗鷲さん」

そう言い、握手をしてきた。細い、手入れの行き届いた指先。年齢を感じさせない肌艶に服装。世間で言う美人な奥様だ。

 「ありがとう御座います」

ズミのおかげで一応、気に入られたようだ。探偵なんて胡散臭いやつばかりだからな。


 「どうぞお座りになって。海外から取り寄せた、お茶をどうぞ」

メイドさんが運んできたのは、ホテルなどで見かけるアフタヌーンティーだった。テーブルには、お皿が三段になっていてそれぞれサンドウィッチやスイーツやフルーツがきれいに飾られていたものが、目の前に置かれた。

 「まあ! きれい! 美味しそう」

 ズミは瞳をキラキラさせて喜んでいる。

「お口に合うといいけれど。遠慮なさらず召しあがってね。狗鷲さんも」

 にっこりと微笑んで俺にも勧めてくれた。

「いただきますね」

 ズミは夢中になって食べ始めた。でも上品に、きちんと作法に従って上手だった。

「美味しいです!」

素直なズミは皆が好感を持つ。


 「まあ。お口に合ったようで、良かったわ」

奥様は上品に紅茶を飲んでいた。

 「さっそくで申し訳ないですが……。いなくなってしまった、飼い猫のことなのです」






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