「さっそくで申し訳ないですが……。いなくなってしまった、飼い猫のことなのです」
ほぼ犬猫捜索は狗鷲探偵事務所で受け付けたことがないが、今回はズミが仕事としてうけてしまったので引き受けた。報酬も良さそうだし。
「写真や動画などあると探しやすいのですが、ございますか?」
姿がわからなければ探しようがない。
「ええ。写真を数枚、お見せできる動画を用意しました」
テーブルの上へ数枚の写真と、タブレット端末を見せてくれた。
「失礼します」
俺はテーブルの上にある写真を手に取って見た。グレーの長いフワフワな毛の猫だった。きれいに手入れがされて、血統書付きの猫だろう。
「わあ~! 可愛い猫ちゃん!」
ズミが、写真と俺の顔の間に割り込んで覗いてきた。ズミの後頭部が顔にぶつかった。
「何て名前ですか――?」
奥様はニコニコしてズミに答える。
「ルルちゃん……、という名前よ。数日前からいなくなってしまって……」
そう言って悲しいそうな表情をした。
「……生死は問わず、ですか「ああっと! 頑張って、ルルちゃんを探しますねぇ!」」
ズミに肘でわき腹を突かれた。痛い。
「お、お願いします……」
今にも涙をこぼしそうな中川の奥様。やばい。ズミが睨んでる。
「こう言っては何ですが、迷子犬猫専門の探偵事務所に依頼してはいかがですか? よろしかったら、ご紹介いたしますが」
俺は親切心のつもりで、犬専門の探偵事務所を紹介してあげようと思っていた。そのほうが専門だし、早く見つかると思ったからだ。
「い、いいえ! わたくしはさん稲積からの紹介の、狗鷲探偵事務所さんにお願いしたいのです!」
奥様はレースのハンカチを握りしめて強く言った。俺とズミは驚いた。……これは、なにかあるのか?
「他の探偵事務所だと、不都合なことでも?」
俺はつい、きつい口調で言ってしまった。しかし、面倒な事には巻き込まれたくないので初めからハッキリさせておいた方がいい。ズミは俺の太ももを、つねった。
「あ……、そうですわね。ちゃんと訳を話しておかないと……」
奥様は長いまつげを伏せて、ふうと息をはいた。
「主人が……」
キョロと部屋の中を見渡した。……その行動に俺は違和感を覚えた。
「家の中へ、主人の知らない男性を入れることを禁じられてるのです……」
「え? どういうことですか?」
ズミは思わず、奥様に聞いた。
「事前に、わたくしへ訪ねてくる人物や友人。外出する場合、誰とどこへ行くか主人へ報告しないといけないのです」
「ええっ!?」
ズミは思わず大きな声を出した。ちょっとうるさい。
「それに男性と二人きりはダメで、許されません」
奥様は顔を上げてズミを見た。
「わたくしは結婚している身なので、男性とどうとかする気はまったくありません。でも主人からの監視が厳しいのです」
話を聞いて驚いた。ご主人の束縛が厳しすぎると思った。
「常に外出するときは監視役がついてきます。さすがに家の中では、やめてもらってますが……。防犯カメラはあります」
ちょっとやりすぎじゃないか? 確かにお金持ちの奥様を心配するのはわかるが、監視役に防犯カメラという監視カメラ。
「なので、狗鷲探偵事務所さんにお願いしたいのですが……。ダメでしょうか?」
泣きそうな顔をした奥様は、猫を探したいのかそれとも……。
「主人のことは愛しています。なので、ルルちゃんを探して欲しいのです」
意外にも奥様はご主人を愛していると言った。この監視のような生活は嫌じゃないのか。……俺には理解できない。だがこれは仕事としてやらなければならない。
「そうですか。わかりました。引き受けましょう」
見てわかるくらいに奥様の顔が明るくなった。
「家にはルルちゃんの他に、二匹の猫が居りますが他の部屋で遊ばせています。ルルちゃんは、主人と結婚する前から一緒にいる
奥様は目頭をハンカチでおさえた。
「どの子も可愛いのですが、ルルちゃんは特別なのです。どうか、探し出してください! お願いします……」
ぽろぽろ……と奥様の涙を見て、探してあげようと思った。報酬も良いし。
「いて」
口に出してないのに、感が良いのか。報酬のことを考えていたのがバレたようで肘打ちされた。
「監視……じゃなかった。いなくなった日の、防犯カメラの映像とかありますか?」
家に何者かが侵入して、知られず攫ったのならば防犯カメラに写ってるはず。
「それが……。その日が
奥様はハンカチで涙を拭いながら教えてくれた。
「いなくなった、その日にですか?」
「はい……」
偶然にしてもその日にいなくなるなんて……。
「ちょっとお聞きしたいことが数点あるのですが、聞いてもいいですか?」
「はい……」
いなくなった日の防犯カメラのメンテナンス。夫の過剰な心配性……は気になるが。夫婦の間のことだから、別問題だ。それよりも、この家がお金持ちだということ。
「なにか……。金銭的な要求の、連絡とかないですか?」
奥様はビクッと体を揺らした。
「まさか……、誘拐されたとか! でも今のところは、そのような連絡はありません」
今のところ、そのような連絡はないか……。
この高級住宅街のセキュリティの高さ、誘拐するには難しいと考える。
「では。そのいなくなった日に、家に出入りした人は?」
仕事人を装って侵入するという手もある。
「いえ。誰も来てません。セキュリティ会社の方でやってくれましたので、とくに工事とかなかったです」
人の出入りはなかった……か。難しくなってきた。
「ルルちゃんのいつも使っていた、お気に入りの物とかありますか?」
「ええ」
それを使って見つけ出すしかない。難易度が高い依頼になってしまった。