「これはルルちゃんが気に入っていた、ブランケットです」
奥様から差し出されたのは、ペットが使うものにしては高級なブランケット。奥様から受け取ってルルちゃんの
「ちょっと失礼。ブランケットの端を切り取ってもいいですか?」
「え? ええ」
俺は奥様からハサミを借りて、ブランケットの端を切り取った。
「猫同士のネットワークがあると、専門の探偵から聞いたことがあります」
俺は大まじめに言った。ズミは半信半疑だった。だが、本当にあるらしい。
「……そう、なのですね」
奥様は初めて知った、という表情をした。
「できれば、ですが。他の飼い猫に会わせてもらえますか?」
俺はブランケットの端を持ちながら、奥様にお願いをした。ちょっと戸惑っていたが奥様は頷いて「こちらへ」と言い、俺達を他の部屋へ案内してくれた。
「にゃ――ん!」
「ニャ!」
ドアを開けると猫カフェのように前室があって、柵と扉があり逃げ出さないようになっていた。
「こちらが猫ちゃんのお部屋です」
奥様の言葉に俺は驚いた。猫の部屋だと? 猫だけの部屋? 態度に出たのかズミは、まあまあと俺をなだめた。
「こちらに、ルルちゃんがいました?」
「ええ。寂しくないように三匹、一緒ですわ」
と……なると、うっかり柵を閉め忘れてにげだしたか?
「こちらはドアや柵が空いていると、ブザーが鳴ります。閉め忘れ防止になっています」
セキュリティ面ではしっかりしていて、うっかりとドアの閉め忘れ等はなさそうだ。これ以上の家の探索は無駄になりそうだ。
「では家の中の捜索は最後にして……。猫ちゃん達に聞いてみたいのですが、いいですか?」
「え? 二匹に……ですか?」
そりゃ、初めて会ったおっさんに(まだ27歳だが)可愛い猫ちゃんを近づけるのは嫌かもしれないが。
「
「!」
その言葉を聞いて奥様は二匹の猫を抱き上げた。
「ララちゃん、リリちゃん。ルルちゃんが、どこへ行ったか分かる?」
奥様は優しく二匹に聞いた。俺は二匹に近づいて話しかけた。
「手伝ってくれるよな?」
指を鼻に近づけた。
「にゃ、アアアア――!」「シャ――ッ!」
威嚇されて、猫パンチを食らいそうになった。あぶない。
「まあ! ごめんなさい! おかしいわね、いつもおとなしいのに」
奥様は俺に平謝りをした。
「いや。俺は動物に嫌われる性質なので、お気になさらず……」
そうなのだ。動物は俺の隠してる能力を感じ取っているのか、胡散臭いやつと認定されて威嚇される。仕方がないと思っている。
「こんなに可愛いのに」
ズミは俺と反対に動物から好かれる。二匹の猫はゴロゴロと喉を鳴らしてズミに撫でられていた。
「では。このあと、
「はい! お願いいたします!」
俺達はこの豪邸をあとにした。
自分の車に乗り込んで事務所まで帰る。その帰り道。車に乗ったまま、ズミと話す。
「大豪邸だったね。セキュリティがしっかりしていたのに、なぜいなくなるのかな?」
そうなのだ。あんなにセキュリティがしっかりしているのにいなくなるなんて……。
ズミが奥様の資料を見ながら話しかけた。
「お手伝いさんが通いで来るらしいけど、家に入る前と出るときにボディチェックをするみたい。あと持ち物検査」
外部の人間に、猫の誘拐は難しそうだな。
「さっき……。動物が苦手なのに挨拶したの、なんで?」
ズミが不思議そうに聞いてきた。
「俺は動物が苦手なわけじゃない。
そう。俺は動物が苦手ではない。
「そ、そうなんだ。ちょっとかわいそう……」
ズミは自分が動物に好かれるからか、笑いをこらえている。
「だまっていろ」
「はーい!」
どすの利いた声でズミを黙らせた。
「先に事務所へ行ってくれ。俺は車をとめてくる」
事務所近くに駐車場を安く借りている。先にズミを降ろして車をとめに行く。
「わかった」
今日のズミの服装はなかなか似合っていた。俺も着慣れないものを着せられたが、似合っていると言われて悪い気はしなかった。
車をとめて事務所へ向かう。
「危ないっ!」
どこからか男の声が聞こえた。駐車場の壁へ、反射的にスッと身を寄せた。
ガッシャ――ン!!
俺が居た場所から右に30センチの場所へ、ガラスの花瓶らしきものがどこからか落ちて地面に叩きつけられて割れた。
「大丈夫か――!?」「ケガはないか!」
近くにいた通行人や、たまたま居合わせた人たちが真っ青な顔をして、俺のもとへ来てくれた。
「大丈夫か!? けがはないか!」
「ああ……。ケガはない」
近くの工事現場で仕事をしていた人たちが、駆け寄ってきてくれた。
「どこから、花瓶なんかが落ちてきたんだ?」
皆がキョロキョロと辺りを見ているが、高いマンションなどない。
俺がふと上を見ると、地上より高い位置の道路から人影が去っていくのが見えた。
「……すまない。大丈夫だ」
「そうか? 無事ならいいが……念のため、警察へ連絡しといたほうがいいぜ」
皆に礼を言い、俺は事務所へ歩きだした。
「ありがとう。そうする」
速足で事務所へ帰る。
「おかえり――。遅かったね」
ズミが何も知らずに、俺の分までお茶を淹れてくれていた。
「頭上から、ガラスの花瓶が落ちてきた」
窮屈なネクタイを外しながらズミに言った。
「はあっ!?」
「殺しはしないが、これ以上深く関わるな……という
たかが、いなくなった猫の捜索に俺が脅されるとは、思いもしなかった。