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第9話 思い出の万年筆 2


「狗鷲探偵事務所さんは、失せ物無くしもの専門の探偵さんだと……」


 長い髪を後ろでまとめ髪にし、長袖Tシャツにジーンズとラフな服で事務所へやって来た女性。

 先日。ズミと食事と買い物を楽しんでいるとき、久しぶりに会ったというズミの大学の時の友人。シンガーソングライターのマリナだった。

 ズミに連絡が入って、今。目の前に座っている。


 「そうです。地道な調査と、捜索方法で無くしたものを探し出します」

 若い子に怖がらせないよう俺は、にっこりと営業用の笑顔を作って見せた。ズミが部屋の隅で笑いをこらえていた。

 「紅茶でよかったかな? どうぞ」

 ズミがマリナに紅茶を淹れてきて、テーブルへ置いた。俺にも同じものを持って来てくれた。


 「ありがとう。いただくわ」

 マリナはそう言って紅茶を飲んだ。忙しいのか目の下にクマが出来ていた。

 「依頼、したい物があります」

 黒のトートバッグからケータイを取り出して、俺に画面を見せた。ケータイカバーはキラキラと装飾デコされていた。


 画面を見ると、箱から出したばかりと思われる万年筆が写っていた。横にはリボン。なにかお祝い時に贈られた、万年筆だろうか?

 ズミは俺達の会話を聞きながら、パソコンに会話内容を記録している。

 「これ……」

 マリナは画面を見たまま黙り込んでしまった。ケータイを持って、何かを思い出しているようだった。

 「先月亡くなった父から、二十歳の記念に贈られた万年筆……なのです」

 俺はマリナの話を聞いて、まだ父親も若いだろうにと思った。


 「それは……、お悔やみ申し上げます」

 「……」

 ズミはキーを打つ手がとまっていた。マリナは気丈に依頼の続きを話した。


「作詞や作曲も、この万年筆で書いてました。便利な道具があっても、浮かんできたアイデアをまず紙に書いてから始めてたので……。失くした今、うまく曲を作れないし歌え無くて……」

 マリナは画面を見ながら、この万年筆を大事にしていたことを語ってくれた。父親が亡くなってからまだ日が経ってない。精神的にもつらい時期だろう。そんな中、父親が二十歳の記念に贈ってくれた大事なものを失くしたなんて、よけい辛いに違いない。


 「絶対に探してあげるよ! ううっ……!」

ズミが俺達の所へ駆け寄って、話に割り込んできた。驚いて見るとズミは号泣していた。

 「ごめん……満里奈。私、知らなくて……」

 ズミは今日、青いシャツにスラックスという男の子に見える服装だった。人によって服装と髪型、メイクを変えている。


 「あ、ああ。いいのよ。父の意向で誰にも知らせなかったから。私の代わりに泣いてくれて、ありがとう」

 マリナは弱弱しく微笑んだ。……どうにか探してあげたい。ズミは自分の机がある席へ戻っていった。


 「……移動個所など、教えてもらえないでしょうか?」

俺はなくなったと気が付いた日の辺り移動した場所や、使った記憶そのほかのことを細かく聞いた。マリナは覚えている記憶をたどりながら、教えてくれた。

 一人暮らしをしているので、その部屋は隅々まで探したという。そのほか仕事場。二、三日向かった場所と名前を聞いた。

 あと父親が入院していた病院。たびたびお見舞いに行ってたそうだが、もう私物は実家へ戻っているそうだ。実家も母親に調べてもらって、そこにもなかったそうだ。


 正直、難しいかもしれない。

 「なにか特徴とか、ありますか?」

 なにか人と違った特徴などあれば、見つけやすくなる。マリナは少し考えて顔を左右に振った。

 「依頼日数以上に日数がかかるかもしれませんが、いいですか? そのかわり見つからなかった場合、お客様が依頼を途中で断っても構いません。料金は、依頼にかかった料金や手数料を引いてお返しいたします」

 見つからなくて依頼日数以上長引けば、料金が上がっていく。途中で依頼を断ることも悪質でなければ了承している。


 「はい。でもいくらかかっても、見つけてもらいたいです」

 彼女は真っすぐに俺を見た。父親との思い出。なんとかして見つけてあげたい。

 「わかりました。全力を尽くして見つけます」


 俺はズミと視線をかわして頷いた。








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