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第11話 思い出の万年筆 4


 「お疲れ様で――す!」

 「お疲れ様です!」


 関係者入り口から進んで行くと建物の中は複雑な作りになっていた。事前にマリナの使った控室を聞いてなかったら迷子になりそうだった。

『ここか……』

 入り口に、この控えの部屋を使う場合、関係者の名前の紙が貼られていると聞いた。貼られてなかったのを見て、今日は誰も使わないようだと知った。

 誰か使用するのに、覗いては良心が痛む。というか、ただの覗きになってしまう。


 マリナが以前使ったという、控室のドアからスッと中へ入った。

机と椅子。大きな鏡があって、ここでメイクなどするのだろう。

壁側に衝立があってそこで着替えたのだろうか? そこへ移動して、隅々まで調べてみた。衝立の他に、ほこりぐらいしか落ちてなかった。

 あとは鏡の前のテーブルの上には何もなかったし、ロッカーの中を探したが何もなかった。控室に何もなかった。


 部屋から廊下へ出ると、隣の控室を使っていると思われる俳優さんがいた。

『うわ……っ』

ぶつかりそうな距離だったので驚いたが今、俺は能力を使っていて見えてない。……はず。だけど、こちらを見られているような感じだ。気のせいか。

 俳優さんから目をそらして移動する。

ステージ上は、万年筆を持ち込めないのでないと考えてTV局を後にした。


 次はラジオ局へ。正面から入って事前に聞いていた場所を捜索する。

部屋がいくつもあって、探すには大変だった。だけどマリナの万年筆は、やはり見つからなかった。

『ここにも、ないか……』

 行き詰ってしまった。本人が探しても見つからないのだから、赤の他人が見つけるのは至難の業だ。

『さて……どうするか』

 俺はとりあえず収穫もなかったので、戻ることにした。


 「ぐ……」

 体へ戻るときが一番いやだ。疲労感が半端ない。

 「戻ってきた? 水を用意してるよ」

 俺は体が馴染むまでゆっくりと腕を動かした。フルフルと腕が震えている。

 「どのくらい……離れていた?」

体感としては30分くらいだと思うが……。


 ズミはキョトンとした顔をして、俺に返事をした。

 「約一時間。最近では一番長かったよ。体に負担がないといいけど、大丈夫?」

 心配して膝をついて近づき、俺の顔を手のひらで触れた。

 「……ああ。もう少し、休んでから動く」

 ズミの手のひらは冷たくて気持ち良かった。

 「熱は、ないみたいだね。水は飲めそう? ストローを使って」

 「ありがとう」

 俺は横になったまま、ストローで水を飲んだ。ちょうどストローが良い角度に曲がって飲みやすかった。


 「……見つからなかった」

 時間はかかったのに見つけられなかった。場所柄、関係者含めて多くの人が出入りしていた。もし万年筆が落ちていたらすぐに気が付きそうな物なのに、届いてもなかったらしい。

 「そうね……。難しい依頼かも」

 ズミは俺を労わるように優しく答えた。友人の失くした大事な物は、早く見つけてあげたいだろう。

「すまんな、ズミ」


 なんとなく……見つからないのかもしれないと、あきらめかけていた。だがズミは口を固く結んで、俺の飲み終わったペットボトルを受け取った。

 「まだ、探してない場所があるよ! 前回の依頼のいなくなった猫ちゃんだって探し出せたんだから、あきらめないで!」

 いつも元気なズミが寂しそうに言った。


 「そうだな。……あきらめないで探そう。ズミも大変だが、情報収集をお願いする」

 そう言うとズミは、いつもの明るい笑顔になった。助手に叱咤されてはダメだな、俺は。

 「うん! マリナの通った道の、監視カメラとか探してみるよ!」

 それはちょっと……。

 「法に触れない程度で、頼む」

 えへへ……、とズミは笑ってごまかした。俺から離れてパソコンの前へ向かった。


 「ふう」

 事前に聞いていた場所で見つからなかったので、あとは残りの場所へ捜索する。だが今日はもう無理なので情報収集に費やして、リベンジだ。

 体が動けるようになって、ようやく横の状態からソファーへ座れた。手のひらで顔を覆って、反省をする。


  失くしたものを探すのは至難の業だ。俺はあえて、難しいと言われる【失くしもの専門の探偵事務所】を立ち上げた。それはなぜか? 

 他の者にはない、自分の特殊能力を使って探し出せるからだ。気味の悪い、この能力はどうして俺が使えるのかわからない。

 だが、この気味の悪い力を生かすにはこの職業が最適だった。――この気味の悪いと言われてきた特殊能力、存分に使ってやろう。

「ははっ……そうだ。そうだった」

 俺は思い出して自分を笑った。


  俺は立ち上がって顔を洗いにいった。バシャバシャと冷たい水で顔を洗えば、すっきりした。

 タオルで顔を拭いて、自分の顔を洗面所の鏡で見て言う。

 「マリナの自宅と、病院はありそうもないな」

 病院は患者がいたベッドは、きれいに清掃をするはずだ。体を傷つけるものが残っていては危ない。持ち物は遺族へ返される。


 「……となれば、マリナの母のいる家」

 持ち物は返されて母親が受け取ったと聞いた。万年筆はなかったと聞いたが……。

 「可能性はあるな」

俺は明日、再び捜索をしようと決めた。



 次の日の朝。いつものように七時までには起きて、ボーっと窓を眺めながらコーヒーを淹れてもらって飲んでいた。

 「目は覚めた?」

 ズミは朝に強い。とっくに起きて掃除をして朝食まで作ってくれている。その料理も美味しくて良い嫁に……。違った、良い婿になるだろう。俺はまだ寝ぼけているらしい。


 「いんや、まだ……」

 熱いコーヒーをズズ……とすすりながら、TVをつけた。

 「今、朝ご飯を持っていくからね! 新聞はテーブルの上から降ろして……」

 ズミがTVの画面をジッと観た。


 朝の番組の画面には、マリナが映っていた。

衣装は朝の番組にふさわしい、露出控えめなものでマリナに似合っていた。

 「マリナだな。朝、早くから出演は大変だな」

 この番組は生放送なので録画ではなく、朝から出演していることになる。


 ズミは画面を観て「顔色が悪い」と言った。たしかにマリナの顔色が悪かった。化粧で隠しているがつやがなかった。

 「……」

 二人でなんとなくマリナを心配して観ていた。メインキャスターに紹介されて、マリナはお辞儀をした。ちょうどこのTV局で始まるドラマの主題歌を、マリナの曲が採用されたようだ。番宣……も兼ねての出演みたいだった。


 「あとでマリナさんに歌ってもらいますね~!」

 パチパチパチパチ! 観客が歓声をあげた。

 「楽しみですね~!」

 女性のゲストコメンターは、嬉しそうに拍手をしていた。人気の実力派シンガーソングライターの生歌、ということで盛り上がっていた。


 「よろしくお願いします」

 マリナが皆に深々とお辞儀をした。これから歌う予定らしい。俺とズミはTVの画面を観て、マリナが歌い出すのを待っていた。


















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