木蓮は落馬し後頭部を強打した。両親に頼み込まれた睡蓮は、自分が持つ”治癒の力”で木蓮の傷を治した。”治癒の力”は念を込めて患部に手をかざすだけで回復する。木蓮も同じように”治癒の力”を持っていた。その力は非常に強く、睡蓮は、木蓮を忌み嫌っていた。幼い頃から、村人たちの称賛はいつも木蓮にだけに向けられ、睡蓮は影に隠れていた。
お姉様がいなければ。木蓮が落馬したと聞いた時は期待で胸が弾んだ。けれど木蓮は一命を取り留めた。睡蓮は渋々、手を木蓮の額にかざした。淡い光が一瞬だけ瞬いたが、すぐに消えた。十分な治療を施さなかったのだ。それで木蓮の記憶を呼び戻すには不十分だった。
「でも、木蓮が元気になって良かったわ」
「これで村は安泰だ」
夕餉の席で、父親も母親も安堵の息を漏らし、木蓮に微笑み掛けている。その姿を横目で見た睡蓮の口元は怪しく歪んだ。睡蓮は、木蓮に”治癒の力”がないことを予見していた。彼女の不十分な治療が、木蓮の力を封じたのかもしれない。
侍女たちが座敷に膳を運んで来ると、睡蓮はその一人の前に足を差し出した。躓いた侍女の手から膳が落ち、椀から熱々の味噌汁が父親の腕に掛かった。
父親の腕は赤くなり、侍女はその場にひれ伏して謝り続けた。
「気にするな、こんな火傷など。木蓮、頼む」
木蓮は、こんな感じかなーと思い、患部に手をかざしてみたが変化はなかった。どれだけ待っても、なにも起こらない。
「お姉様、退いて!」
睡蓮は木蓮を押し退かすと振袖の袂を持ち、右手を父親の腕にかざした。目を瞑り、眉間にシワを寄せ唇を噛んだ。すると神々しい光が手のひらから漏れ、辺りを眩く包んだ。父親の火傷はみるみる治り、痛みも鎮まった。
両親は怪訝な顔をした。これはどういうことだ?父親は木蓮の顔を窺った。木蓮はなにも言えず、下を向き、振袖の端を震える指で握った。百合子の頭の中では(え、こんなドロドロの昼メロドラマ、社内政治よりキツいんですけど!?)と叫んでいた。
すると睡蓮は勝ち誇った顔で、木蓮を一瞥した。
「お父様、お母様、お姉様はもう”治癒の力”は使えないの」
「どういうことだ」
父親は目を見開いて木蓮と睡蓮を交互に見た。睡蓮は座布団に座ると振袖を直しながら木蓮の横顔を睨みつけた。
「お姉様は馬から落ちておかしくなってしまわれたの。ね、お姉様?」
「・・・・・」
「木蓮、それは本当か!?」
父親は目を見開き、木蓮の顔を窺った。木蓮の力が・・・と呟く声には、村の未来への不安が滲んだ。母親は睡蓮を一瞥したが、木蓮への心配を隠せなかった。睡蓮は唇を噛んだが、すぐに微笑んだ。
「大丈夫よ、お父様。わたくしがいますもの」
「木蓮の力が・・・」
”治癒の力”がなくなったにも関わらず、父親は木蓮のことばかりを口にした。睡蓮の心の中には激しい嫉妬と対抗心が芽生え、怒りとなって木蓮へと向けられた。睡蓮の醜く歪んだ顔に、百合子は(何このドロドロ!私、こんな姉妹喧嘩に巻き込まれるの?)と混乱した。
そこで睡蓮は木蓮への憎しみを気取られないように、精一杯の作り笑顔で両親へと向き直った。
「ねぇ、お父様。これで孝信さんとの縁談は私がお受けしても宜しいでしょう?」
縁談とはなんのことだろうと、木蓮は聞き耳を立てた。どうやら木蓮には、
「睡蓮、それは・・・」
「あら、もう”治癒の力”がないお姉様は用無しだわ」
そこで百合子に木蓮の記憶が朧げに蘇った。木蓮と孝信は互いに想いあっていた。木蓮の記憶に孝信の優しい笑顔と、木蓮、必ず守る、という言葉が蘇った。百合子は(え、私がこんなイケメンと!?)と混乱した。睡蓮はそのことを良く思っておらず、木蓮の恋を嘲笑ったり、村人たちの前で彼女を貶める言葉を囁いたりしていた。
「ね?お父様」
「あ、ああ。そう・・・だな」
「ふふ」
睡蓮は木蓮の横顔を見て、優越感に浸った。