アメリアとルナは魔法省に向かい準備をする。魔法省の地下深く、アメリアが調整を終えたばかりの「指向性電磁波発生装置」が、いまや「周波数特定探知機」としてその真価を発揮しようとしていた。無数のケーブルが絡み合う複雑な装置の中心で、彼女は真剣な眼差しでモニターを凝視する。
部屋の隅では、セドリックが腕を組み、アメリアの指先が織りなす科学の奇跡を半信半疑で見つめていた。ガウス警部は、一刻も早くこの状況を打開したいと、苛立ちと期待の入り混じった表情で成り行きを見守っている。
地下から放たれる、これまで魔法では捉えきれなかった強力な振動と電磁波。それらはまさに、暴走する魔法の影響が具現化したかのような不穏な波動だった。アメリアは、探知機から送られてくる膨大なデータを瞬時に解析し、その発生源を立体的にマッピングしていく。キーボードを叩く指はまるで踊るように軽やかでありながら、その動きには一切の迷いがない。
「この反応……明らかに人工的な構造物よ!」
突如として、アメリアの声が静寂を破った。彼女の表情は、確信に満ちたものに引き締まっている。モニターには、これまで認識されていなかった地下の空間が、ぼんやりとした輪郭となって浮かび上がっていた。それは、強力な振動が観測されるまさにその地点、魔法省の地下深くにあるはずのない、不自然な古い地下道の入り口らしきものだった。
モニターに映し出された地下道の輪郭は、まるで忘れ去られた古代の遺跡のようにも見える。しかし、その雰囲気は荘厳さとはかけ離れ、どこか底知れない邪悪な気配をまとっていた。
「まるで、何かが隠されているかのよう……未知数……異界の扉ってとこかしら?」
アメリアは呟いた。その言葉は、まるで彼女自身に言い聞かせているかのようだった。彼女の科学の目は、この魔法の世界に隠された秘密を次々と暴き出していく。
「なんでこんな場所が魔法省の地下にあるんでしょうか?」
「それは、もう少し解析しないと分からないわルナさん。でも……この魔法省からは直接行けなそうね……」
「あの……旧市街地ならどうですか?あそこには『忘れられた劇場』もあるし、怪盗オペラなら地下への道くらい網羅していると思って……」
「ルナさん、その可能性はあるわね」
アメリアがさらに解析を進めると、その地下道の入り口らしき場所の映像に、微かにある紋様の一部が刻まれていることが確認された。それは、第一の事件で図書館から盗まれた禁書に描かれていた奇妙な紋様と酷似していたのだ。羅針盤や歯車にも共通するような、幾何学的でありながらどこか有機的なその紋様は、見る者に漠然とした不安を与える。
アメリアの脳裏に、かつて禁書で見た紋様が鮮明に蘇る。あの時の直感、そして今回の解析結果が、一つの線となって繋がり始めた。
「この紋様は……まさか、オペラの狙いはこれ、この場所だったのね……」
驚きと確信が入り混じった声が、アメリアの口から漏れた。彼女は、この紋様が単なる装飾ではないことを悟った。それは怪盗オペラの真の目的に深く繋がる、時間に関する巨大な秘密の鍵であると確信する。
ゾッとするような寒気が背筋を走ったが、それ以上に、長きにわたる謎の核心に触れた高揚感が彼女を包み込んだ。
セドリックは、アメリアのモニターを凝視しながら、愕然とした表情を浮かべていた。彼の魔法では決して捉えきれなかった「紋様」と「電磁波」の関連性が、科学の力によって次々と明らかにされていく。彼の信じてきた魔法世界の常識が、アメリアの科学によって次々と揺らぎ始めていたのだ。
「信じられない……魔法では感知できなかったものが、科学でここまで……!」
セドリックは、驚愕と自身の専門分野への疑問が混じり合う。彼の目は、アメリアの傍らで光を放つ探知機と、そこに映し出される映像の間を何度も行き来した。彼がどれほど魔法の探知を試みても、そこにはただの土と岩があるだけだったはずだ。
しかし、科学は、その下に隠された「異界の扉」の残滓を鮮やかに描き出している。我々は、一体何を見落としていたというのだ……?彼の心に、これまで感じたことのない種類の戸惑いが広がっていく。
その頃、魔法省の各所では、暴走した魔法の被害が拡大の一途を辿っていた。廊下の壁は歪み、床からは原因不明の植物が異常な速さで成長し、天井からは不規則な魔法の奔流が降り注ぐ。警備隊員たちの必死の鎮圧作業も空しく、混乱は深まるばかりだった。すでに数名の職員が軽傷を負い、魔法省全体の機能が麻痺寸前の状態に陥っている。
ガウス警部は、通信機から送られてくる惨状の報告を聞きながら、額の汗を拭った。彼の任務は、魔法省の秩序を維持し、市民の安全を守ることだ。しかし、いま目の前で起きている事態は、彼のこれまでの経験では対処しきれない次元の異常事態だった。彼は、アメリアの理論が突飛なものであっても、この状況を打破するためには彼女の提案に賭けるしかないと直感していた。そしてそのまま急いで3人に合流する。
「アメリア殿、状況は?」
ガウス警部は、焦燥感を押し殺した声で問いかけた。アメリアは、モニターから視線を離さずに答える。
「解析はほぼ完了しました。この地下道の先にあるものは、強力な時間の歪みを発生させています。おそらく、今回の原因は、この先にあると見て間違いないわ」
その言葉に、セドリックは息をのんだ。時間の歪み。それは、彼が過去の歴史書で読んだ、「禁忌の魔法」にまつわる伝説を想起させた。もし本当に、その禁忌の魔法の痕跡が魔法省の地下深くに隠されているとしたら、事態は想像を絶する危険な領域へと突入することになる。
ガウス警部は、アメリアの説明と、通信機から聞こえる悲鳴じみた報告を重ね合わせついに決断を下した。彼の顔には、迷いは一切ない。ただ、任務を完遂するという強い覚悟だけが刻まれていた。
「ここまで来たら、もう貴女の言うことを信じるしかない」
「ガウス警部。旧市街地に地下への道がある可能性があります」
「旧市街地……もしかしたら立ち入り禁止の……行くぞ!警備隊、突入準備!」
彼の号令が響き渡ると、部屋に控えていた警備兵たちが一斉に動き出した。彼らの顔には緊張の色が濃く浮かんでいたが、訓練された兵士としての規律と使命感が、その表情を引き締めている。各自が装備を最終確認し、旧市街地へと向かう。
セドリックは、ガウス警部の決断に驚きを隠せない。しかし、彼自身もまた、この魔法の暴走を止めるには、もはや魔法の力だけでは足りないことを痛感していた。アメリアの科学が示した「答え」に、彼の魔法使いとしてのプライドは傷ついたかもしれないが、それ以上に、真実を知りたいという知的好奇心と、目の前の危機を打破したいという強い思いが勝っていた。
「私も行きます」
セドリックは、警備隊に続いて地下道へと向かおうとするアメリアの背中に声をかけた。アメリアは振り返り、セドリックの真剣な瞳を見つめた。
「危険よ、セドリックさん」
「危険を承知の上だ。私は魔法使いとして、この魔法省で何が起きているのか、その目で確かめる必要がある。そして、もし必要とあらば、私の魔法であなたを援護しよう」
セドリックの言葉には、彼の魔法に対する揺るぎない信念と、アメリアへの信頼が込められていた。ガウス警部もまた、セドリックの決意を汲み取ったかのように頷いた。
「よかろう。セドリック殿の魔法の力があれば、心強い。だが、くれぐれも無茶はするな」
アメリアは、セドリックの協力に感謝の念を抱きつつも、これから足を踏み入れる未知の場所への警戒心を強めた。そしてそのまま旧市街地の立ち入り禁止の場所にたどり着く。この地下道の先に何が待ち受けているのか。オペラの真の目的とは。そして、この場所が過去の悲劇とどのように結びついているのか。すべての謎が、その暗い入り口の向こう側に隠されている。
警備隊の先頭にガウス警部が立ち、その後ろにアメリアとルナ、セドリックが続く。彼らが足を踏み出すごとに、探知機から発せられる微細な電子音が、まるで地下深くから響く心臓の鼓動のように、彼らの覚悟を試すかのように鳴り響いていた。
地下道の入り口は、まるで口を開けた獣のようにも見え、その奥には途方もない秘密が横たわっているかのような、重苦しい空気が漂っていた。アメリアは、異界の扉の残滓へと足を踏み入れたのだった。