目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第14話 過去からのメッセージ



 旧市街地の地下深く、紋様が刻まれた通路は、薄暗く湿った空気に満ちていた。足元には苔が生え、長きにわたり人目に触れてこなかったことを如実に物語っている。アメリア、ルナ、ガウス警部、セドリック、そして数名の警備兵は、緊張した面持ちでその地下道を進んでいた。


「アメリア様、なんだか怖いです……」


 ルナは小さく呟いた。アメリアのローブをきゅっと掴み、その背中に隠れるようにしながらも、彼女の瞳はしっかりと前方を見据えている。アメリアはルナの手をそっと握り返し、安心させるように微笑んだ。その手の温かさが、ルナの不安を少しだけ和らげたように思えた。


 奥からは、これまでよりもさらに不気味な機械音と、微弱ながらも空間を歪ませるような振動音が響いてくる。その音は、まるで地下で巨大な何かが蠢いているかのようだ。一歩進むごとに、心臓を直接叩かれているような不快な振動が全身に伝わってくる。


 警備兵たちは顔を見合わせ、その表情には明らかな動揺が浮かんでいた。しかし、ガウス警部とセドリックは、その恐ろしさを押し殺し決然とした目で通路の奥を見据えている。


 やがて、地下道の奥に広がっていたのは、古代の遺跡と現代の機械が融合したかのような、異様な空間だった。石造りの壁には複雑な紋様が幾重にも刻まれ、その中央に、これまでの事件で検知されていた電磁波と振動の発生源である、巨大な「振動発生装置」が設置されていた。


 それは、金属の塊と古代の石材が混じり合った、禍々しい外観をしている。その存在自体が、この世界の常識を打ち破るかのような威容を放っていた。装置からは、先ほどから聞こえていた機械音と振動が、直接肌に感じられるほどの強度で放出されている。


 装置の周囲には、図書館の魔導書や羅針盤と同じ紋様が描かれた金属片が散らばっている。それらの金属片は、まるで装置の一部であるかのように微かに光を放っていた。アメリアは散らばる金属片の一つを拾い上げる。


 ひんやりとした感触とともに、その表面に刻まれた紋様が、過去の記憶と目の前の装置を結びつける。これは偶然ではない。すべてがこの場所へと繋がっていたのだ。


 アメリアたちが装置に近づいたその時、空間の奥の暗闇から、漆黒のドレスを纏い、顔を仮面で隠したオペラが、まるで幻影のように静かに姿を現した。その姿は、周囲の闇に溶け込み、彼女の存在感を際立たせている。彼女の気配は、風のように捉えどころがなく、いつそこに現れたのか誰も気づかなかった。


「ようこそ、アメリア・フォン・アスタータ嬢。貴女なら、必ずここまで辿り着くと信じていたわ」


 オペラの声は驚くほど冷静で、しかしどこか深い悲しみを帯びていた。その声には、アメリアに対する個人的な感情が込められているようにも聞こえたが、同時に、運命を受け入れた者のような諦めも感じられた。


 ガウス警部はすぐに銃を構え、セドリックも杖を構え、警戒態勢を取った。警備兵たちも一斉に銃口をオペラへと向けたが、彼女は微動だにしない。まるで、彼らの行動など予期していたかのように静かに佇んでいる。


「怪盗オペラ!一体、何を企んでいる!?」


 ガウス警部の声が、薄暗い空間に響き渡った。オペラはアメリアから視線を外さず、ゆっくりと答えた。


「何を企んでいるか……ですか。あなた方には理解できないでしょうね。この装置は、時間の歪みが作り出した、『異界の扉』の残滓を活性化させるためのもの。……この世界は『忘れ去られた真実』によって歪んでいるのだから」


「異界の扉……?何を言っている?そんな作り話……」


 セドリックは思わず呻いた。彼の知る魔法の理論では、異世界への扉など神話の中にしか存在しない概念だった。しかし、目の前のオペラの言葉は、まるでそれが現実に存在するものであるかのように響く。


「作り話じゃないわ。確かに存在する。そして私は、その存在を身をもって体験した……私の過去の『時間に関する事故』。それが、この『異界の扉』と深く関係しているのよ!」


 オペラは、自身の目的について断片的に語り始めた。その言葉の端々から、深い悲しみと、抗いがたい運命の気配が感じられる。そしてそんな彼女の瞳の奥には、計り知れない苦痛と憎悪が渦巻いていた。


「時間に関する事故……?それが、この一連の事件とどう関係しているの?」


 アメリアは冷静に問いかける。その問いかけにオペラは、ゆっくりとアメリアに視線を戻し話し始める。


「アメリア。貴女はこの世界の真実を知るべき存在。貴女だけが、この『歪んだ世界』を正すことができる」


 彼女の言葉は、アメリアに重くのしかかった。オペラは、なぜそこまでアメリアを特別視するのか。そして『歪んだ世界』とは一体何を意味するのか。


「何を言っている?世界が歪んでいるなんて、そんな非科学的な話……」


 セドリックが反論しようとしたが、オペラは彼を遮った。


「理解できないでしょう。けど、この装置が完全に活性化すれば、真実は否応なしに姿を現す。それは、この世界に生きる者たちが、過去に目を背け、忘れ去ろうとした真実……」


 オペラは、振動発生装置へと目を向けた。装置は、これまで以上に強い光を放ち始め、周囲の空間が微かに揺らぎ始めた。金属片が散らばる床はその振動によって不気味な音を立てる。


「つまり、貴女は最初からこの装置を起動させるために、禁書や羅針盤を狙っていたのね?」


「その通りよ。それらは、異界の扉の残滓を安定させ、活性化させるための鍵……全ては『歪んだ世界』を正すためよ!」


 ルナがアメリアの腕をさらに強く掴んだ。彼女の顔には、恐怖だけでなく困惑の色も浮かんでいる。ガウス警部とセドリックは、この状況をどう打開すべきか、武器を構えたまま思考を巡らせていた。


「オペラ!これ以上、世界を混乱させるのはやめなさい!」


 アメリアは一歩前に出た。彼女の瞳には、オペラの言葉に対する困惑が残っていたが、それでも真実を解き明かそうとする強い意志が宿っていた。


「止められるかしら?これは、定められた運命よ?誰にも抗えない……」


 オペラは薄く笑った。彼女の表情は仮面で隠されているが、その声色からは、ある種の満足感が読み取れた。装置の光はさらに強くなり、空間の歪みは増していく。まるで、見えない壁がそこにあるかのように視界が揺らめく。


「運命なんていうのは非科学的なのよ。私は答えのないものには興味はないわ!今やるべきことは貴女を止めることよ!」


 アメリアは、決意を込めて言い放った。彼女は、この不可解な状況と、オペラの目的を止めるため、全力を尽くす覚悟を決めていた。ルナの小さな手を握り返し、アメリアはオペラを真っ直ぐに見据えた。


 この異様な空間で、アメリアとオペラの対峙が始まった。「異界の扉」の残滓がもたらすものは一体何なのか。地下深く、振動発生装置の轟音が響き渡る中、新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?