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第15話 残された手がかり




 魔法都市の地下深く、軋むような轟音が響き渡っていた。アメリア、ルナ、セドリック、そしてガウス警部は、オペラの巧妙な罠に足を踏み入れていた。彼女が操る装置から放たれる電磁波と振動は、物理的な揺さぶりに留まらず、精神にまで揺さぶりをかけ集中力を容赦なく奪い去っていく。


 警備隊が動こうにも足が思うように動かない。地下道の床は激しく揺れ、足元をすくわれるような感覚に襲われる。宙を舞う金属片が視界を遮り、不快な高周波音が鼓膜を震わせた。視界は歪み、まともに前を捉えることもできない。まるで、世界そのものが歪んでいくかのような、強烈な不快感が彼らを包み込む。


 そんな中、セドリックは魔法探偵の意地でオペラに魔法弾を放っていた。しかし、彼の放つ魔法弾は、オペラの幻影をすり抜け虚しく壁に衝突するばかりだ。強力な電磁波の干渉は、彼の魔法の威力を削ぎ、その精度を著しく低下させていた。


「この電磁波、魔法を乱す……!くそっ、これではまともに攻撃できない!」


 彼は悔しそうに叫んだ。伝統的な魔法が、オペラの作り出した科学的な仕掛けによって封じられていることに、焦りが募る。己の力が及ばない状況に、セドリックの表情には明確な苦渋が浮かんでいた。


 彼は常に魔法の力を信じてきた。その絶対的な自信が、今、揺らいでいる。この見えない攻撃は、彼にとって未知の領域であり、魔法使いとしてのプライドをも傷つけるものだった。


 ルナもまた、その影響を強く受けていた。彼女は揺れと不快な音に怯え、アメリアの背中に隠れるように身を寄せている。体中の感覚が狂い、吐き気を催しそうになるほどの不快感が、彼女を襲っていた。


 彼女にとって、この状況はあまりにも過酷だった。心臓が早鐘を打ち、不安で呼吸が浅くなる。目の前の景色が歪み、まるで悪夢の中にいるかのようだ。彼女はぎゅっと目を閉じ、アメリアの温かい背中にしがみついた。


 オペラは、そんな彼らの混乱を愉しむかのように、冷徹な笑みを浮かべている。彼女にとって、この状況は計算通りなのだろう。その瞳には、彼らの無力さへの嘲りさえ見て取れた。


 しかし、アメリアは違った。彼女の冷静な頭脳は、混乱の中でも状況を正確に分析していた。オペラの装置が生み出す電磁波の周波数を瞬時に解析し、自身の「指向性電磁波発生装置」を構える。それは、相手の力を逆手に取り、利用しようとする、まさに科学者ならではの戦略的思考だった。


「ルナさん、私の指示通りに魔力を流し込んで!周波数を逆手に取って、あの装置を一時的に停止させるわ!」


 アメリアの声は、激しい振動の中でも明確にルナに届いた。ルナは、怯えながらもアメリアの言葉に従い、震える手で装置に魔力を注ぎ始める。彼女の瞳には、アメリアへの信頼と、一縷の希望が宿っていた。


 そして驚くべきことに、彼女の魔力は以前よりも安定し正確になっていた。短い期間だが、アメリアとの交流が、確実にルナの魔力を成長させていたのだ。アメリアの装置の出力は、ルナの魔力によって確実に高まっていく。科学と魔法、それぞれの分野の力が、今、ここに融合しようとしていた。


「面白い玩具ね。やはりアメリア。貴女はこの世界の真実を知るべき存在よ」


 装置が唸りを上げ、アメリアの計算通りの周波数の電磁波が放出される。その瞬間、地下道に一瞬の静寂が訪れた。オペラの装置が一時的に停止したのだ。


 耳障りな電磁波の轟音が収まり、激しい振動が弱まる。アメリアとルナの連携が、オペラの巧妙な仕掛けを打ち破ったのだ。セドリックは目を見開き、その光景に驚きを隠せない。魔法が効かない状況で、アメリアが科学の力で突破口を開いたことに、彼は純粋な感嘆を覚えた。


 その隙を見逃さず、アメリアは装置の中心部に目を凝らした。そこには、図書館の禁書や、羅針盤と同じ、「奇妙な紋様」が刻まれた半透明の「結晶体」が埋め込まれているのが見えた。


 その結晶体からは、微弱ながらも鮮明な「過去の記憶の残滓」のようなものが読み取れる。それは、まるで意識が直接語りかけてくるかのような、不思議な感覚だった。


「これは……何かを記録している?まるで、過去の出来事が閉じ込められているかのよう……」


 アメリアは結晶体を凝視しながら、その神秘的な魔力に引き込まれるように呟いた。彼女の脳裏には、断片的な映像や感情が、まるで走馬灯のように流れ込んでくる。


(これは……かつての魔法都市の姿……?いや、もっと古い時代だわ。争いの炎、失われた技術、そして……嘆きの声……)


 彼女の意識に、数多のイメージが押し寄せる。巨大な建造物が崩壊し、人々が悲鳴を上げ、何かの光が衝突する光景。それは、この世界が隠してきた、遥か昔の真実の一端を垣間見るかのようだった。


 アメリアが結晶体を発見したことに気づくと、オペラは不敵な笑みを浮かべた。


「何か見えたかしらアメリア?」


「オペラ……」


「その結晶体こそが、この世界が隠してきた真実の証。そして、それはまだ序章に過ぎない……貴女がその真実を知った時……一体どうするのかしらね……」


 オペラの声は、消え入りそうに微弱だった。しかし、その言葉には、確かな重みが込められていた。まるで、彼女がアメリアに何かを託しているかのような響きがあった。


「次に会うときまでに答えを聞かせてもらうわよアメリア?」


 オペラはそう言って、装置にある羅針盤、歯車と共に、再び光学迷彩と電磁波を利用して、闇に溶け込むように姿を消した。


 そこに残されたのは、装置の中心で微かに輝く結晶体と、静寂に包まれた地下道だけだった。


 オペラが闇に溶けるように姿を消した後、地下道には再び重苦しい静寂が戻った。アメリアは、その場に残された装置の中心で微かに輝く結晶体をじっと見つめる。オペラの言葉が脳裏をよぎった。


『次に会うときまでに答えを聞かせてもらうわよアメリア?』


 オペラの行動には常に意味がある。そして、彼女が羅針盤や歯車を「鍵」と呼び、この結晶体を「世界が隠してきた真実の証」だと言っていた。アメリアの視線は、結晶体から放たれる微かな光の魔力に吸い寄せられた。そこには、確かにこの世界の隠された真実が秘められていることを確信していた。


 セドリックがゆっくりとアメリアに近づいてきた。


「アメリア殿、この結晶体はなんだ?」


 アメリアは結晶体から目を離さずに答える。


「まだはっきりとは分からないわ。でも、この結晶体には、この世界の過去に関する重要な情報が記録されているようね。オペラは、私たちにこれを見せようとしていた……そして、私たちにこの世界の真実を問いかけている。この結晶体こそが、その真実を解き明かす鍵」


「ふん。怪盗オペラが真実を語るとは思えないが……?」


「それは私にとってはどうでもいい話よ。目の前のこの結晶体に何が記録されているか、それを解明する。そこに真実が隠されてようがなかろうがね」


 オペラが残した謎、そして結晶体に秘められた過去の記憶。アメリアは、これら全てが繋がっていることを直感していた。彼女の科学者としての本能が、未知の領域への探求心を駆り立てている。


「ということで、ガウス警部。この結晶体、1度、私の工房で預からせてもらいますね?」


「分かった。上には話を通しておこう」


「さて、ルナさん。忙しくなるわよ?」


「はい。アメリア様!」


「私たちは、この世界の真実を解き明かすわ。そして、その先に何があろうと、私たちは謎をとことん追及するのみよ」


 アメリアは静かに呟いた。彼女の言葉は、地下道の静寂の中に響き渡り、新たな物語の始まりを告げるかのようだった。

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