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第20話 共鳴する未来へ



 アメリアは、密かに準備を進めていた「時間磁場安定化装置のプロトタイプ」を取り出した。


 この装置は、オペラが望む「真実の開示」が街に混乱と悲劇をもたらす可能性を恐れたアメリアが、密かに準備を進めてきたものだ。


 オペラの装置が出す電磁波と、光る結晶体から放たれるわずかな時間歪曲の力を逆手に利用し「異界の扉の痕跡」を安定させ、二度と開かないように「永久に封印する」ことを目指していたのだ。オペラの時間歪曲の力を止められるかは賭けだったが、アメリアはこの状況で、最も被害を抑えられる可能性にかけるしかなかった。


「オペラ。真実は知られるべきよ。でも、この街を犠牲にするわけにはいかないわ!私は……私の科学の力で、この扉を完全に封じる!」


 アメリアの強い決意の言葉を聞き、ルナは迷わずうなずいた。彼女の顔からは恐怖の色が薄れ、信頼と覚悟の表情が浮かんでいた。地下室に満ちる途方もないエネルギーに怯えていたはずのルナだったが、アメリアの隣に立つことで、不思議と心が落ち着くのを感じていた。


「アメリア様、私にできることなら何でも言ってください!私も戦います!」


 ルナは震える声を押し殺し、力強く言った。アメリアはルナに視線を向け、その瞳に静かな感謝を込めた。


「ルナさん、お願い。あなたの魔力で、この装置を最大限に動かす必要があるわ。繊細なコントロールが大切だから、集中して!」


「はっ、はい!」


 ルナは深く息を吸い、アメリアの言葉を心に刻んだ。彼女の手のひらから放たれる魔力は、以前とは比べ物にならないほど安定し、力強くなっていた。


 それは、アメリアとの数々の実験を乗り越え、自分自身の可能性を信じられるようになった証でもあった。この繊細な魔力のコントロールは、アメリアが作った複雑な「時間磁場安定化装置のプロトタイプ」を動かすのに欠かせないものだった。ルナの魔力が、アメリアの科学の設計図を現実のものとするための、まさに生命線となったのだ。


 セドリックは、オペラの言葉とアメリアの行動から、魔法至上主義に固執してきた魔法省の間違いを痛感していた。彼は、目の前で繰り広げられるアメリアとルナの協力を見て、自分の魔法が、ただ攻撃や防御のためだけでなく、アメリアの科学と協力することで、本当に世界を守る力を持てることを理解した。


「アメリア殿!私が防御魔法でこの場を保つ!急げ!」


 セドリックは、周りの崩壊を防ぐために強力な防御魔法を使いながら、アメリアの補助に回った。彼の魔法は、不安定に揺れ動く地下室の構造を支える。


 アメリアたちの協力は完璧だった。ルナの精密な魔力供給、セドリックの固い防御、そしてアメリアの天才的な科学の知識が、互いの足りない部分を補い合い、一つの大きな力を生み出していた。


 アメリアの装置にルナの魔力を最大限に注ぎ込み、セドリックの防御魔法がそれを支える中で、「異界の扉の痕跡」はゆっくりと安定していった。脈打っていた空間のひずみが収まり、不気味な輝きを放っていた模様が、静かな光へと変わっていく。


 それは、破壊を呼び込むはずだった力が、安定と封印へと姿を変えた瞬間だった。時間磁場安定化装置のプロトタイプは、オペラの装置が出す電磁波と、結晶体のわずかな時間歪曲の力を逆手に利用し、扉が二度と開かないよう「封印」を施すことに成功したのだ。


 オペラは、アメリアの行動に驚きつつも、どこか満足げな表情を仮面の下に浮かべているように見えた。この「異界の扉」の存在を、魔法省はもう隠し続けることはできないだろう。アメリアが選んだ、街の安全を守るための「封印」という道は、オペラが望んだような破壊的なやり方ではないけれど、結果として「真実が世に知られる」という点では、同じ未来へとつながる可能性を秘めていたからだ。


「……そうか。あなたは、その道を選んだのね……」


 オペラのわずかに微笑むような声が、静まり返った地下室に響いた。その声には、アメリアの機転と才能への、かすかな称賛が込められているかのようだった。


 その時、地下室の入り口から、警備隊の足音が聞こえ始めた。魔法警察が、この特別な魔力の反応を察知し、ついに地下室までたどり着いたのだ。


 魔法警察に捕まる直前、オペラは再び光学迷彩と電磁波を利用して、その場から完全に姿を消した。まるで最初から存在しなかったかのように、彼女の残像が、地下室の闇に溶け込んでいく。


 それは、彼女が常に誰かの手の届かない場所にいることを示唆するようだった。しかし、彼女のいた場所には、何も残されていないわけではなかった。床には、魔法社会への「警鐘」となる新しいメッセージが刻まれた金属板が残されていた。


『真実から目を背けるな。過去は繰り返される』


 と深く刻まれており、オペラの、魔法省への最後の警告のようだった。そして、そのメッセージの隣には、アメリアへの「次なる挑戦」を示唆する謎めいたアイテム――まだ見ぬ模様が刻まれた小さな木片――が置かれていた。それは、オペラの目的が、まだ終わっていないことを静かに語っていた。


 事件は解決し魔法都市に平和が戻った。しかし、地下室で起こった本当の出来事を知る者は限られていた。そして、いつものようにアメリアは工房で機械のネジ締めをしている。


「あの、アメリア様、それは?」


 ルナは、作業台の上で輝く、これまで見たことのない精密な部品の数々を指差した。


「これ?これは時間磁場安定化装置のプロトタイプをさらに改良して、その応用範囲を広げるためのものよ」


 アメリアは顔を上げず、小さなネジを締める手に集中している。


「でも『異界の扉』は、封印したんじゃ……」


 ルナの声にはわずかな困惑が滲んでいた。あの壮絶な戦いの末に、扉は永久に封じられたはずではなかったのか?と。


「ルナさん。あれは封印しただけで、その現象そのものが完全に消滅したわけではないわ。むしろ、その存在が安定した形で残った。その『痕跡』や『存在』を魔法省が完全に隠し続けることは困難になったわ。だから結果的には、やり方は違ったけれど、オペラの『真実の開示』はいつか叶うのかもしれないわね?」


 アメリアはそう言って、ようやくルナの方へ視線を向けた。その瞳の奥には、新たな研究への熱意と未来を見据える静かな光が宿っていた。


「そしてね、ルナさん。オペラが残したあの謎の木片。あれの解析が出来れば、私たちの知らない領域に触れることができるかもしれないわ。まぁ……魔法省が管理してしまったから、私たちは2度と拝むことは出来ないかもしれないけどね?でも……いつか、本当に『異界の扉』がどこかで現れたら、それを止めるのは、完璧に仕上げる予定のこの時間磁場安定化装置でありたいわよね」


 ルナはアメリアの言葉に、胸が高鳴るのを感じた。目の前の天才科学者は、常に一歩先を見据えている。そして、その探求心は決して尽きることがない。


「あっあの!私も、微力ながらお手伝いさせてください!」


 ルナは決意を込めて言った。アメリアは満足そうに頷いた。


「もちろんだわ、ルナさん。あなたの魔力と私の科学があれば、どんな未知の領域にも踏み込める。真実が明かされるその日まで、私たちは手を休めるわけにはいかないわよ?ほらほら、そこのレンチを取って」


「はい。アメリア様」


 工房には、機械のわずかな稼働音と、二人の静かな熱意が満ちていた。魔法と科学が交錯するこの場所で、アメリアとルナはまだ見ぬ未来へ進んでいくのだった。

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