オペラの事件からおよそ1ヶ月が経過した。魔法都市は少しずつ日常を取り戻しつつあったが、アメリアとルナの周りでは、新たな謎の胎動が始まっていた。
魔法都市の郊外に位置する古代遺跡は、これまで魔法省が厳重に立ち入りを禁じていた場所だった。長年の調査でも、その地からは何も発見されず、ただ厳重に管理されているだけの奇妙な場所として認識されていた。
しかし、奇妙な『何かの力』が感知され、その不毛と思われた遺跡を魔法省の魔法士を中心に調査。すると驚くべきものが発掘されたのだ。
それは、これまで発見されたことのない、奇妙な金属片だった。鈍い光を放つその表面には、羅針盤や歯車に刻まれていた「奇妙な紋様」の一部が確認できる。
発掘作業員たちがざわめく中、その金属片からは、これまでとは異なる未知のエネルギー反応が検出された。それは、魔力とも電磁波とも異なる、まるで生命力に近いような、しかしどこか冷たい波動だった。
「これは……」
「アメリア様。コーヒーです」
「ありがとう。ルナさん」
アメリアは、ルナの淹れたコーヒーを一口飲み、届けられた報告書に目を通しながら眉をひそめた。報告書には、金属片に触れた作業員たちが原因不明の体調不良を訴えていることも記されている。
「生体エネルギーと科学技術が融合したもの……そうとしか考えられないわね……」
アメリアの推測は、この世界の常識では到底理解できないものだった。
その日、アメリアの研究室に、魔法省からの使いが届けた一通の手紙が届いた。厳重に封をされたその手紙を、アメリアはゆっくりと開く。
『貴殿の卓越した科学的知見と、先の「異界の扉」の一件における多大な貢献に深く感謝申し上げます。さて、この度、魔法都市近郊の古代遺跡より、極めて特異な性質を持つ金属片が発掘されました。その詳細については追ってご説明いたしますが、現在のところ、その危険性および本質が不明であり、早急な解析が求められております。つきましては、貴殿の専門知識と分析能力を以て、この金属片の解析にご協力いただきたく、謹んでご依頼申し上げます。国の安全のため、何卒ご検討くださいますようお願い申し上げます』
アメリアは手紙を読み終えると、ふっと小さな笑みをこぼした。
「当たり障りのない文ね?」
魔法省がこの金属片の危険性を鑑みて解析を依頼してきたのは明らかだが、その裏には、もしこの未知の金属片がさらなる問題を引き起こした場合、その責任をアメリアに押し付けるという、狡猾な思惑が透けて見えた。
「……とはいえ、オペラが残した木片の件もあるし、この金属片と何か関係があるのなら……」
翌日、アメリアはセドリックと共に発掘現場へと向かう準備をしていた。研究室で解析に必要な機材を点検していると、セドリックが複雑な顔でアメリアを見た。
「アメリア殿、本当にこの依頼を受けるのか? 魔法省の連中が何を考えているか、貴女にも分かるだろう?」
「ええ、もちろんよ。魔法省が何を企んでいるかなんて、分かりきってるわ」
「もし何かあったら、全てを貴女のせいにするつもりだろうな……」
「そうね。でも、この金属片から検出されたエネルギー反応は、今まで見たことのないものよ。この世界の常識を覆す可能性を秘めているわ。それに、羅針盤や歯車と同じ紋様の一部がある。これは、オペラが残した謎と繋がっている可能性が高い」
アメリアの瞳には、危険な光が宿っていた。それは、恐怖ではなく、未知なる謎への純粋な知的好奇心と科学の探求心が燃え上がっている証拠だった。
魔法省の思惑など、もはや些細なことだった。彼女にとって、この発見は、科学者としての魂を揺さぶるものだったのだ。
「分かった……だが、無理はしないでくれ」
セドリックは諦めたようにため息をついたが、その表情には強い決意が宿っていた。アメリアの揺るぎない探求心を知っているからこそ、彼は彼女を支えることを選んだ。
「あら?随分寛容じゃないセドリック探偵。私はインチキ魔法使いじゃなかったのかしら?」
「からかうな。今は貴女の科学の力は認めている」
二人の協力関係は、もはや揺るぎないものとなっていた。互いの知識と技術を信頼し合い、その絆はオペラの事件を経て、さらに深まっていた。
発掘現場に着くと、セドリックは発掘された金属片が置かれた周囲に、強力な魔法の結界を展開した。
アメリアは、高精度なエネルギー分析装置を取り出し、金属片に慎重に近づけた。機械が様々な数値を表示していく。
「どうだアメリア殿?」
「やはり、一般的な魔力反応とは全く異なるわ。でも、どこか既視感がある……」
以前オペラと対峙した時に、羅針盤や歯車から感じた、あの不可思議な波動に似ていると感じていた。しかし、それよりもさらに複雑で、理解の及ばない何かが、この金属片には宿っているようだった。