アメリアとセドリックが遺跡調査をしている頃、ルナは今までの紋様を調べるために魔法図書館に籠っていた。彼女は、羅針盤や歯車に刻まれていた紋様の情報が、この金属片の謎を解く鍵になると直感していたのだ。
広い図書館の書架を、ルナは一つ一つ丁寧に見て回る。埃を被った古い書物を手に取り、ページをめくり、紋様の記述を探した。しかし、期待する情報はなかなか見つからない。
これまで見たことのある紋様に似たものはいくつかあったが、どれも決定的な手がかりにはならなかった。時間だけが過ぎていく焦燥感と、まだ見ぬ真実への強い渇望が、ルナの胸中でせめぎ合う。
ふと、彼女の視線が、図書館の奥にひっそりと佇む扉に向けられた。
そこは禁書庫。
魔法省の許可なくしては立ち入りが許されない場所だ。厳重な結界が張られ、その前を通りかかる者もほとんどいない。しかし、ルナの魔法的な直感が、そこにこそ真実があると強く囁いていた。
何か、強力な「引き」を感じる。まるで、禁書庫の奥深くから彼女を呼ぶ声が聞こえるかのようだった。
ルナは、禁書庫の扉の前で立ち止まった。胸がトクトクと音を立てる。本来、禁じられた場所。見つかればどんな罰を受けるか分からない。彼女は元来、臆病な性格だ。
しかし、アメリアの顔が脳裏に浮かんだ。いつも冷静で、どんな困難にも立ち向かうアメリア。彼女が今、この金属片の謎に頭を悩ませている。ルナにできることは少ないかもしれないが、少しでもアメリアの力になりたい。その一心で、ルナは震える手で扉に触れた。
扉には、複雑な魔法陣が幾重にも重ねられ、強固な結界が張られているのが見て取れた。ルナは、以前魔法研究所でセドリックが結界を解除するのを見たことを思い出す。
彼の指の動き、詠唱の抑揚、魔力の流れ。臆病なルナにとって、その原理を完全に理解していない魔法を使うことは、とてつもない勇気を要することだった。しかし、アメリアの助けになりたいという強い思いが、その恐怖を上回った。
「……解除(ディスペル)」
小さく、しかしはっきりと詠唱を紡ぎ、セドリックの動きを真似て指先で魔法陣をなぞる。ルナの魔力が、結界に触れる。一瞬、結界が抵抗するように輝いたが、やがて「パリン」と、ガラスが割れるような微かな音を立てて、魔法陣が砕け散った。結界が解除されたのだ。
だが、安堵は一瞬で消え去った。結界が解除されたということは、魔法図書館の管理者に、その事実が即座に知らされるということだ。時間がない。見つかる前に、少しでも手がかりを得なければ。
周囲に誰もいないことを確認すると、ルナは小さく息を吸い込み、こっそりと禁書庫の扉を開いた。扉は軋む音を立てることなく、静かに彼女を受け入れた。
中は薄暗く、どこかひんやりとした空気が肌を撫でる。カビや古紙の匂いが混じり合い、時間の重みがそこかしこに漂っている。奥へ進むと、さらに古びた書物がびっしりと並ぶ棚が視界に入った。通常は閲覧が禁じられている、危険な知識や失われた歴史がここに眠っている。
ルナは、その中でもひときわ異彩を放つ一冊の本に目が釘付けになった。それは、一番高い本棚の、手の届かないような場所に置かれていた。他の書物とは明らかに異なる装丁が施されており、黒曜石のような硬質な表紙には、精緻で複雑な文様が刻まれている。
その本を取るには、備え付けの木の階段を使うしかない。ルナは恐る恐る階段に足をかけた。一歩、また一歩と上がるたびに、「ミシッ」「ギシッ」と、木が嫌な音を立てる。その音は、静寂な禁書庫にやけに響き渡り、ルナの心臓をさらに高鳴らせた。
誰かに見つかるかもしれない。そんな恐怖に怯えながらも、ルナは必死に手を伸ばし、目的の本を掴み取った。
本を抱え、急いで階段を降りると、ルナは素早くその本を開いた。あまり長い時間は確認できない。見つかる前に、少しでも手がかりを得なければ。
ページをめくると、そこに描かれていたのは、これまでルナが見てきた羅針盤や歯車の紋様とも、発掘された金属片の紋様とも異なる、しかし明らかにそれらと深い関連性を持つ、新たな紋様だった。
それは、まるで星々の運行を写し取ったかのような、あるいは宇宙そのものを図案化したかのような、途方もなく複雑で神秘的な図形だった。
そして、その紋様の隣には、『異界の扉』と『守り人』という文字が古語で記されている。
「これは……!」
ルナの心臓が大きく高鳴った。体中に鳥肌が立つ。彼女は直感した。この紋様が、オペラが残した羅針盤や歯車、そして先の事件で活性化した結晶体と何らかの形で繋がっていると。
そして、この禁書に記された『異界の扉』と『守り人』という言葉が、これまでバラバラだった点の全てを繋ぎ合わせる、決定的な手がかりになるのではないかと。彼女の魔法的な直感が、まさに新たな真実の扉を開こうとしていた。
「この紋様は……一体何を意味しているの? 『異界の扉』と『守り人』……この本が、その全てを解き明かす鍵になるかもしれない」
ルナは、その未知の紋様とキーワードが、これまで自分たちが追ってきた謎の核心に迫るものであることを感じ取っていた。古代の足跡が、今、新たな依頼としてアメリアたちの前に姿を現し、ルナの探求心もまた、その謎の深淵へと誘われていくのだった。