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第3章 隠された歴史の断片と新たな脅威

第24話 古の魔物の目覚め



 深夜のアメリアの工房。魔法省からの依頼は、発掘された奇妙な金属片の解析。


 工房は、嵐の前の静けさに包まれていた。彼女が開発した最新鋭の解析装置が、耳障りな電子音を立てながら、金属片をスキャンしていく。分子レベルでの構造解析装置は、その金属片が地球上のどの文明とも異なる、古代の高度な科学技術によって作られたものであることを突き止めた。


 それは、まるで星屑を固めたような、微細で不可思議な構造をしていた。アメリアは、そのデータを見て、新たな未知の領域に足を踏み入れたような、ゾクゾクする感覚を覚えていた。


「見て、ルナさん。この波形……」


「何かの反応がありますね……」


「ええ……」


 アメリアの琥珀色の瞳が、モニターに映る不規則な波形を鋭く捉えた。アメリアが作り出した最新のエネルギー共鳴シミュレーターは、金属片が放つ未知のエネルギーが、以前「異界の扉の残滓」から漏れ出した「時間歪曲の力」と共鳴していることをデータとして示していた。モニターの波形が激しく乱れ、工房内の空気が微かに震える。


「この金属片は、確かに時間を歪める力と共鳴している……やはり、あの遺跡には何かあるのかもしれないわ」


 アメリアの表情には、新たな謎への純粋な興奮と、同時に潜在的な危険への警戒が入り混じっていた。もし、この金属片が本当に過去の遺物で、時間歪曲の力と共鳴するのだとしたら、それは世界にどんな影響を与えるのだろうか。


 ルナは隣で、その恐ろしい可能性に顔を青ざめさせていた。彼女の心臓は、警鐘を鳴らすかのように激しく鼓動していた。魔法省の事務仕事から一転、危険な最前線に立たされているルナにとって、アメリアの研究は、同時に恐怖の対象でもあったのだ。


 その時、工房の通信機がけたたましい音を立てて鳴り響いた。ガウス警部の焦燥に満ちた声が、スピーカーから飛び出してくる。


「はい。アメリアです」


 《アメリア嬢!事件だ!都市の歴史ある地下墓地で、古代の魔物が現れた!至急、現場へ来てくれ!》


「古代の魔物?」


 《セドリック君からの依頼だ。魔法では対処しきれない!アメリア嬢の力が必要だ!》


「分かりました。すぐに向かいます」


 アメリアは通信機を切ると、ルナのほうを振り返った。


「ルナさん。どうやら……事態は深刻なようね。急ぎましょう」


 アメリアの言葉に、ルナはこくりと頷いた。彼女はまだ恐怖に震えていたが、アメリアの隣にいることが、彼女に不思議な安心感を与えていた。


 アメリアは、工房の隅に置いてあった奇妙な形をした装置を何個か手に取ると、一瞬の躊躇もなく、工房の扉を開けた。彼女の目は、ただひたすらに、目の前の謎を解き明かすことだけを見つめていた。



 遡ること数時間前。魔法都市エルドリアの歴史ある地下墓地は、普段は静寂に包まれていた。しかし、この日ばかりは、状況が一変していた。何かの干渉を受け、過去に封印されたはずの「古代の魔物」の一部が活性化し、街に混乱をもたらしていたのだ。


 巨大な石の腕が地面から突き出し、闇を纏った目のようなものが空間に浮かび上がる。墓地の警備にあたっていた魔法使いは、魔物の実体化に驚き、逃げ惑う市民の悲鳴が響き渡る。その悲鳴は、普段静かな街に不釣り合いなほど大きく響き渡った。


 セドリックは、魔物の実体化を食い止めるべく、地下墓地へと急行していた。そしてその魔物と対峙するが、彼の得意な攻撃魔法や拘束魔法も、その魔物が「時間歪曲の力」の影響を受けているためか、魔力そのものが不安定に歪められ、完全には制御できなかった。


「くそっ、なぜこんなに不安定なんだ!魔法が効きにくい!まるで、魔力そのものが歪められているかのようだ……!」


 セドリックが発動した魔法陣は不安定に揺らめき、魔力の出力が乱れる。彼の放った魔法は、勢いを失い、途中でかき消されてしまった。このままでは、魔物の動きを止めることはできない。彼は、この事態を解決するためには、自らの魔法だけでは不十分であることを悟っていた。彼は即座に通信魔道具を取り出し、魔法省のガウスへと連絡を入れる。


「ガウス警部、現場は時間歪曲の力の影響を受けています。従来の魔法では対応が困難だ。アメリア殿に連絡を!彼女の科学の力が必要だ!」




 そして、アメリアとルナが現場に到着すると、そこはすでに阿鼻叫喚の地獄と化していた。瓦礫が飛び交い、建物の壁には大きなひびが入っている。アメリアは、その状況を一瞥すると、手にした装置を構え、冷静に分析を開始した。彼女の頭の中には、すでに様々な仮説が立てられ、それを検証するための思考が巡っていた。


「遅くなったわ、セドリック探偵」


 アメリアが静かにそう告げると、セドリックは焦燥に満ちた表情で彼女を見た。


「アメリア殿。見ての通りだ。被害を拡大しないように防御魔法で対処するので精一杯の状況だ。何か策はあるだろうか?」


「……この魔物は物理的な存在でありながら、非物理的な要素を帯びているわ。時間歪曲の力によって、自身の存在を不安定にさせているかも。通常の魔法では、干渉することすら難しい……」


 アメリアの言葉に、ルナはごくりと唾を飲み込んだ。彼女はアメリアを補助しつつも、初めての魔物との戦闘に参加しようとしていたが、その非力な自分に何ができるのか分からなくなっていた。自分の魔力では、この巨大な魔物に傷一つ付けられない。そんな絶望的な思考が彼女の心を蝕んでいた。


「この時間歪曲の力をなんとかしないと……」


 そして、アメリアは工房から持ってきた装置のスイッチを入れた。すると、装置の先端から、微弱な電磁波が放たれ、魔物の動きを妨害し始めた。


「魔物の動きが……それは?」


「これは、『位相収束装置 フェイズ・コンバータ』。あいまいな状態(位相)を一点に「収束」させるものよ。セドリック探偵、これで隙を作るわ!その間に攻撃を!ルナさんは魔法でセドリック探偵の援護をお願い!」


「分かった」


「はっはい!」


 ルナは、アメリアの言葉を信じ、魔物の注意を引くために、小さな火の玉を放った。彼女の放った魔法は、まるでホタルの光のようにか細かったが、それでも彼女は精一杯の勇気を振り絞っていた。しかし、その火の玉は、魔物の巨大な石の腕によってあっけなく弾かれてしまい、その巨大な石の腕が、瓦礫を巻き込みながらルナを捕らえようと迫る。


「ひっ!」


 ルナは、恐怖で体がすくみ、動けなくなってしまう。彼女の脳裏に、幼い頃に「落ちこぼれ」と罵られた記憶が蘇る。自分は、やはり何もできない無力な存在なのだと。


「ルナさん!」


 アメリアの叫び声が響き渡る。次の瞬間、ルナを包み込むように、透明なバリアが現れた。それは、アメリアが工房から持ってきた小型の機械から放たれ、『電磁波バリア』を展開するものだった。同時に、セドリックも咄嗟に防御魔法を発動させ、魔物の腕を弾く。


 バリアの内側で、ルナはへたり込み、自分の無力さに打ちひしがれていた。アメリアの「科学」の力に助けられ、セドリックの魔法に守られながら、自分は何一つとして状況を好転させることができていない。


「ごめんなさい、アメリア様……」


 ルナの震える声は、無力感と絶望に満ちていた。その弱々しい言葉を聞きながらも、アメリアはルナに目を向けることなく、冷静に状況を分析し続けていた。


「謝る必要はないわ。ルナさん。無事ならそれでいいわ」


 アメリアの言葉は、ルナに少しの安心感をもたらしたが、同時に、自分の不甲斐なさを際立たせるようにも感じられた。

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